アイオリアはずっと渋い顔をしていた。周囲と自分とのテンションの差が激しい。朝、トレーニングのために修練場に赴いた彼を待っていたのは、クリスマスだよリア!と見るからに上機嫌な兄アイオロスだった。























正直、アイオリアはちょっとうんざりしていた。幼い時分であったら同じように浮かれていたのかもしれないが、ここ数年の間にアイオリアは行事ごとにかなり疎くなっており、誕生日すらロクな感動を覚えなくなっている。世間では特別な日だろうがなんだろうが、アイオリアにとっては普段日となんら変わりないのだ。

どいてくれ兄さん、俺は鍛錬がしたいんだ、とその旨を伝えるも、今日ぐらいはいいじゃないかと全く聞き入れられず。パーティーがある、プレゼントも用意した、アイオロスが嬉しそうに語る傍らでアイオリアはしかめ面をした。それは後でいいから鍛錬をさせてくれ、ともう一度できるだけ冷静に頼んでみるも、見事撃墜。しばらく無為なやりとりが続いて、とうとうアイオリアの堪忍袋の尾が切れた。



「兄さんいい加減にしろ!!そんなくだらないことで俺の邪魔をしないでくれ!クリスマスなんて、盛り上がっている奴らだけで勝手していればいいだろう、俺には関係ない!」












































「…別に、クリスマスを楽しもうと思う心がないわけではない。ただ俺はいつも通り鍛錬がしたかっただけなのだ」
「君らしいな」
「数日前からミロやカミュが張り切っていたのも知っている。兄さんがずっと楽しみでそわそわしていたのもわかっている。だがそれを俺に対して同じように求められるのとはまた話が別だ。…いや、それを差し引いても、恐らく言い過ぎたのだと思うが…」
「ふむ、反省とは殊勝なことではないか」
「……それはそうとシャカよ、一体貴様は何をしているのだ」


クリスマスだ!と騒がれることに段々いらいらしてきたアイオリアは、ずんずんと処女宮へ入った。外はどこへいってもお祭りムードだが、此処だけはいつも通りで人も宮の主であるシャカしかいない。

アイオリアがいらいらしながら宮に踏み込んだとき、シャカは床に何かを広げて作業をしていた。てっきり瞑想をしているのだろうと思っていたアイオリアは、冷たい床を何ら気にすることなくべたりと座り込んでいるシャカを、むしろ訝しげに見た。
散乱しているのはとても小さな『絵画』の『破片』だ。珍しく目を開いたシャカが、それらを一枚一枚手にとっては置いて、分けて、並べて、再び手にとってを繰り返している。『破片』は歪な形に切り取られたようで、ときどき別の『破片』と噛み合い徐々に元の絵画へと戻っていく。


「見てわからんかね、ジグソーパズルだよ」
「それはわかる。俺が聞きたいのは何故貴様が今、ジグソーパズルなどやっているのかということだ」
「私がパズルを解いていてはいけないか」
「そうはいっていない」
「ふむ、アルデバランから貰ったのだよ。クリスマスプレゼントだとな」
「なに?」
アイオリアはまじまじと散乱する『破片』、もといピースを眺めた。確かに、作りかけのパズルに描かれているのは赤い服と白い髭のサンタクロースにてっぺんに星を飾った緑の深いツリー、真っ白な雪玉をふたつ重ねてバケツを被せた雪だるま、煙突のついたレンガの家など、なるほど確かに、どこからどうみてもクリスマス用である。極めつけは真ん中の文字だろう。シャカは部分部分を作ってから後で繋げる方法でピースを組んでいるのだが、比較的組みやすかったと思われるその部分には、『Happy Merry Christmas!』と英語で丁寧に書かれている。
「私がいつも宮で坐禅を行っているから、屋内で、しかも座ったままで暇を潰せるものを選んだのだそうだ」
その口振りからすると、恐らくアルデバランはきっちり全員分のプレゼントを買っているのだろう。アイオリアはまずそこにひどく感心した。




それから、じっ、と。パズルを組むシャカの手元を見つめてみる。不思議だ、とアイオリアは首を捻った。幾ら参考となる完成図があるとはいえ、これだけ細かく分かたれた絵を、シャカが着々と復元させているということが。しかもシャカは大量のピースを色や形で仕分けると、手に取ったピースのひとつをまるで初めからわかっていたかのように迷いなく置いて他のピースと繋げていく。色も形も大した違いのない、いわゆる枠の部分であったとしてもそれは同じだった。ちょっとその形を眺めたかと思うと、そのまま実に自然な流れで、正しい位置にぴたりと嵌め込んでしまうのだ。
「お前、何かわかるのか?」
どれだけピースを、シャカの手元を覗き込んでも、アイオリアにはどれがどこの破片なのか全くわからない。
シャカはほんの少しだけ顔をあげた。険しい表情をしながらも真剣な眼差しでピースを見つめるアイオリアを視界に捉え、何故だか楽しそうに笑い始める。
「む、何がおかしい」
「アイオリア、それは私が特別何かをわかっているのではない。君が見えていないだけだ。ただピースを観察するだけでは、いつまでたってもパズルは完成しないぞ」
「ならばどうするというのだ」
「ピースからできるだけ顔を離すことだ」
「は?」
「離れた場所から全体をよく見渡す必要があるということだよ」

言われたとおり、アイオリアは少し前屈みになっていた体をおこして、パズルを斜め上から見下ろした。

「単独では正しい位置を見つけることはできないが、こうして相対的に考えれば何も難しいものではない。ピースは必ず、違う他のピースと噛み合うようになっている。そいつを見つけてやればよいのだ」
「…なるほど」
「それさえわかれば、このように絵が書かれている必要さえない。例え真白のピースであったとて、完成させるのは不可能ではないのだよ」


そうして蕩々と語る間にも、シャカは次々とピースを繋げていく。やがて出来上がった一部を、既に出来上がっていた一部と組み合わせ、ようやく大きな絵の半分ほどが見えてきた。


「…気の遠くなるような作業に見えるのは俺だけか?」
「さぁ、向かぬ者には向かんだろうがね。私はなかなか好きだぞ」
「…よくわからんな」

というより、少し退屈をしてきた。宮へ無遠慮に踏み込んだときはとてつもなくいらいらしていたというのに、こうしてジグソーパズルに興ずるシャカを前にすると、それも急激に冷めてしまっていた。むしろ冷静に我が身を振り返り、兄さんに酷いことを言ってしまったな、と反省までし始めた。
















ちゃんと謝ろう。
アイオリアにとっては普段日でも、アイオロスにとっては数週間前から楽しみにするほど、大切な日なのだ。

















「…そういえば」
完成に近付いていくパズルを改めて見て、ふと疑問が頭をよぎった。
「どうするんだこれ。最後は固めるのか」
無造作に放られたパズルの箱の中には、固めるための糊がきちんと入っている。
「何を言う。固めてしまっては意味がないではないか」
シャカが珍しく不愉快そうに声をあげた。
「だがそれはそのためのものではないのか」
「それでは絵画と何も変わらん。何度も崩して何度も組むことができるから、パズルはパズルなのだよ」




ならば、完成したあとは崩すのか。またばらばらの破片に。変な話だ。


やることは見つかった。ただぼんやりシャカの手元を見ていただけだが、それは非常に自然な形でアイオリアの前に現れた。正直ここにいても退屈だしもう立ち上がってもいいのだが、何となく、シャカが最後にそれを崩す瞬間だけは見てみたい気がして座り込んでいた。













白色ジクソーパズル






シャカとアイオリアがクリスマス。
聖域の中で最もクリスマスと縁遠そうだ。

ちなみに、本当に安直なんですが、ジグソーパズルやってるときに思いついたネタです。何の捻りもなくてすみません;;