あれだろう、普通健全な二十代男子のクリスマスの予定といったら、可愛い彼女とデートとか。そうでなくとも浮かれた街中へダイブとか。そういうもんだろうと思うのだが。残念なことにそのどちらも自分達は選ばずに、かといっていつも通りに部屋で怠惰に過ごすなんてことも、何故か選べずに。
イブの朝。顔洗って身支度を整えて飯を胃に収めると、上からよく見知った気配が下りてきた。なんだなんだ朝っぱらから、と思う反面、まぁすぐに通り過ぎるだろうと高を括っていたら。
「さぁお前がドライバーだ。いくぞ蟹」
玄関の扉を開けてにこりと。相変わらず周囲に花が咲きそうなほど美しい微笑みだったが、デスマスクはあからさまに表情を歪めた。そんなものに騙されたりはしない。思わず、はぁ?と間抜けな声を出すと、それじゃあ行くかと踵を返される。その後ろには、相変わらず目つきの悪い男もちゃんといた。
「まてまてまてい、何勝手に話が進んでんだ。状況説明からしろコラ」
「説明だと?どうせクリスマスイブにも関わらずロクな予定もないんだろうと思って、親切にもドライブに誘ってやったんじゃないか。有り難く思え」
「…駄目だ。魚が宇宙語喋ってやがる。おい山羊、お前が説明しろ」
「いや……三日ぐらい前か、ドライブに行きたいと言っていたから、じゃあイブに行ったらどうだと…」
「てめぇの所為じゃねえか山羊!」
「まぁそう当たるな。いいから行くぞ」
アフロディーテはずかずかと部屋に上がり込み、勝手に適当な鞄を引っ付かんでシュラに投げて寄越した。更に車のキーやら財布やらを次々に発見し、全部まとめて鞄に突っ込みはじめる。慌ててデスマスクがシュラの手から鞄を引ったくった。
「ふたりで勝手にいけよ!俺にゃ関係ねえ!」
「ドライバーがいないと行けんだろうが」
「くそこのペーパードライバー共が…!しかも何でまたこんな木枯らし吹いてるよーな時期にドライブなんざ…」
そう、見るものがない。聖なる前夜祭なわけであるし、夜ならまだしも、昼間はただ寒々しいだけだろう。
確かに、確かに予定はない。今夜と明日の朝から昼ぐらいまでは、半裸人馬率いる『クリスマスを盛り上げ隊』によるクリスマスパーティーだかなんだかがあるらしいが、お陰で予定を入れるのが面倒になって二日丸々カレンダーを空白にしてしまった。夜までに帰ってこられたらいいのだし、今からドライブに出かけたって何の支障もないのだが。
「てか普通に街歩くとか、それじゃいけないのかよ」
「車がいいんだ。首をぐるぐる動かしたりしなくても景色が目に飛び込んでくるのがいい」
「電車があるじゃねえか」
「他人を気にしないでいいだろう、車なら。それにタダだし」
「ガソリン代払わすぞ」
しかし何を言っても『行く』以外の返事は返らず、仁王立つアフロディーテにシュラは肩を竦めて諦めムードで、デスマスクもこのやり取りに疲れてきた。半ばやけくそでジャケットを引っ張り出し、先程引ったくった鞄に煙草とジッポ、あと携帯に適当なCDを付け足す。
「お、とうとう折れたか」
「うるせぇ、折ったのは誰だ」
「シュラだ」
「なんで」
「ドライブに行きたいといったとき、真っ先に同調したのはシュラだから」
じろり、と睨むとシュラは少々ばつが悪そうに眉間に皺を寄せた。
「…ちょっと行きたかった」
「山羊てめえ…」
もう今更だ。決めたことを撤回するのは面倒だから好きじゃない。それに見るべきものは確かにないが、ドライブは嫌いじゃない。車も好きだ。愛車は月に一度自分で洗ってやっている。ガソリンが高騰しているからあまり無益に乗り回したくはないところだが、まぁ所詮たったの半日だろう。
「どこを走る?」
「どこでも。そうだな、開けた場所がいい」
「街中の方が綺麗かもしれないぜ?なんせクリスマスイブだからなぁ」
「そんなものが見たいんじゃない。幸せそうに笑う奴も、この世の終わりのような顔をしてる奴も、今は興味がないよ」
「へえ」
玄関から一歩、外へと踏み出した。見計らったように風が吹き付ける。そういえば、今年のヨーロッパは未曽有の寒波らしい。朝ニュースで散々口にされていた。
「シュラ、君はどこへ行きたい?」
「別に、どこでも」
「何だよお前ら、人にドライバー頼んどきながら」
「どこでもないところに行きたいのかもね」
「なんだそりゃ」
「理由も目的もないのさ。ただじっとしていられなかっただけで」
「くっだらねえ」
「そういうお前も、こうして乗ってしまった時点で同じ穴の狢だよ」
足は弾まない。行きたいとほざいた二人の歩みも、デスマスクよりずっと重い。天気だけはすっかり良くて、宮の石段を照らす太陽だけがやたらと眩しい。眩しいだけで何も暖かくはない。
「そうだ、家出、ってことにしよう」
突然、アフロディーテが言い出した。
「はぁ?家出ぇ?」
「クリスマスイブに家出をする三人だなんて、笑えなさすぎておかしいだろう?」
「……笑えないのに、おかしいのか」
「てか一日…いや、半日もしない家出ってのもどーなんだよ。ただの馬鹿じゃねえか」
いや、馬鹿なのか。正しいようだ、合いすぎていてどうしようもない。
「いいじゃないか、半日だけでも素晴らしい家出だろう。車だし」
「だから俺の車だっつの」
しかし重たい足取りで、それでも確かに前には進む。ようやく辿り着いたデスマスクの黒い車で、一体どこに行くのだろう。目指す場所はない。特別見たいものもない。家出と銘打たれても、自分たちは必ず此処へと戻ってくるのだろうから、きっとそれすら本当じゃないだろう。
でもほらそう、たった三人だけの半日の家出は、たった三人だけだが、ひとりでもふたりでもないらしく。ひとりなら布団に潜って嘆いていたかもしれない寒い日を、さんにんだから何故だかじっとしていられなかったらしいから、だから。
「お前ら手ぶらじゃねえだろうな」
「CDはちゃんと用意したぞ。ほらクリスマスソング集だ。お前のその機械に録音させてやる」
「いらねーよそんな時期限定された音源!」
「ならお前がさっき突っ込んでたCDはなんだ」
「ボンジョヴィ」
「またそれか…気分ぐらいクリスマスにさせろ。マライア流すぞマライア」
「うるせーよ!」
「ああ、あと私は後部座席に乗るからな。シュラ、悪いが助手席は任せた」
「ああ」
「またひとり占領かよ。良い御身分だな」
「うるさいな、ドライバーは黙って運転していろ」
「交代制だこのやろー。三人もいるのに不公平だろうが」
「ほぉ、免許を取ってからほとんど運転席に座ったことのないペーパードライバーだが、いいのかお前の愛車を走らせて」
「…あーもー!!わかった、わかったよオラ行くぞ!山羊シートベルトつけやがれ!」
「ああ」
エンジンのかかる鈍い音が響いた。ぐるりとその場で一回転して道へと繰り出す。殺風景の中を突き進む。
だけどほら、乗り込んだらどこまでだっていけるだろう。自分の意思とは無関係に、妙な高揚感だけを携えて、幹線道路を駆け抜けたらガソリンスタンドを乗り継いで、スピード違反を横目にタクシーの目線を気にしながら。
そして陽気に擦れ違う車と、実に短くシンプルに交わしあうのだ。
どうも、メリークリスマス。
革命ワゴン
年中組とクリスマス。
余談ですが、蟹はとても運転上手というか、車好きそう。黒いのは私の趣味です。