だから最後は愛してる、と。そういって笑って抱き合うのだろう。この世で一番だと信じている優しさを持って、カミュはただ、ミロの頭を抱えて額に額を引っ付ける。
欲しいものを、と促されずとも、カミュは堂々と宣言してやろうと思う。本当に心から願うことは口にしなければ叶うまい。だから力を手に入れよ、だから力を振るうがいい。誰に学んだということもなく、それはあたかも本能のようにカミュが信じることであった。

愛しさは蓄積される。だから、何をもってしてもカミュはミロを抱き締めて愛していると耳元で唄う。ミロは心地良さそうに笑って俺もと答える。そうなるまでには時間がかかった。幸せになることは、決して容易いことではないのだ。



















カミュはいつでも想起することができる。カミュの立つ場所は毎回変わるが、いつも過酷な環境の真っ只中だった。常にそこには大変な障害があり、毎度それを乗り越えるべく、カミュは思考を凝らす。

ある時それは、険しい山だった。ただ足を踏ん張っただけでは登り切れそうもない、険しい険しい山だった。どこに足を置き、どこに手をつけばよいだろうか。カミュは必死に考えてその山を登った。僅かだが確実に体は上へ上へと上がっていく。カミュはその向こうにあるもののことを想像した。それだけで手足はまだ頑張れると力を漲らせるのだ。
そうして辿り着いた山の頂から見る眩しい朝焼けの太陽に、カミュは感動のあまり涙を流す。この慈悲深き光のためにここまできたのだと、何度も足を滑らせそうになったことも忘れて思うのだ。これが幸せへのひとつの試練、過酷な道のり。カミュはいつでも想起できた。


しかし夢はこれで終わりではない。頂に立つカミュに呼びかける声が後ろから聞こえてくるのだ。驚いて自分の登ってきた道を振り返り見下ろし、カミュはぎょっ、とする。
そこにはいつもミロがいた。上から覗き込むカミュの顔を見て、ぱぁぁ、と明るく笑って再びカミュの名前を呼ぶ。その瞬間、ミロの足場ががらがらと音を立て始める。カミュはさぁぁ、と青ざめた顔になり、夢中になってミロに叫んだ。
「ミロ!止めるのだ!登ってこなくていい、此処にあるものなら私が全てお前の元に持っていく!」
見れば既にミロは傷だらけだった。登るのに不便に思われた靴は脱ぎ捨てられ、足の裏はボロボロで汚い。落石にあったのだろう、顔には切り傷や擦り傷が大量について痛ましいことになっているし、手は皮が剥けて身が露わになっている箇所がある。爪は剥がれてとめどなく血が流れていた。
(なんということだ!)
カミュは慌てふためく。カミュにはこのままミロが出血多量で死んでしまうのではないかという不安がのしかかっていた。ミロは大切な親友である。ミロをこの上なく愛している。ミロがいなくなってしまうなどカミュには考えられない。カミュはもうクールになることも忘れて、ミロに降りろ、まだ間に合うと叫び続けた。

だがミロは必死に岩壁にしがみつき、真っ直ぐカミュの方向に向かってきながら、
「すぐに行く!待っていろ!」
と、そこには何の苦もなさそうに笑うのだ。



カミュよりも長く時間をかけて、それでも登りきったミロを、カミュは力いっぱい抱き締めて叱り飛ばす。死んでしまったらどうするのだ!と訴える。負けじとミロも言い返す。
「俺だってカミュと同じものを、隣で並んで見たいのだ!」

















ある時は、深く広い海。ある時は、毒薔薇の敷き詰められた庭園。ある時は、灼熱の溶岩の上。
どこへ立とうとカミュはその先へ辿り着き、ミロは後を追ってきた。そのたんびにカミュはミロを叱るが、ミロは全く反省しなかった。



だから、ミロはいつも傷だらけだ。カミュが必死に考えて考えてうまく切り抜けた困難を、ミロは真っ直ぐ、ただカミュの方向だけを目指して歩いてゆく。そこに思考はない。熱かろうが痛かろうが、あるいは死にかけようがミロにはどうだってよいことなのだ。

カミュがミロを叱るたびに、ミロはこう答えた。生温い幸せなんぞいらんと。

何度目かのある瞬間、カミュははっとした。どうして私たちは歩いてゆこうとするのか。どうしてこの場所ではいけないのか。ボロボロになって泣き喚いて、時に怒り狂い時に絶望しながらも、何故私たちは幸せになろうと思うのか。欲しいものはどこにある?






























女神はカミュの質問に優しく答えた。
「それが愛でしょう」
両手を広げて世界を仰ぐ。
「カミュ、人が持ち得るものの範囲はいつだって少ないのです。大人になったからとて、沢山のものを抱え込めるわけではない。
だから、歩くのです。息絶えるまで歩くのです。信じたように、または信じるように、歩くのです」
「信じるように、ですか。しかし私は、痛ましい思いを、ミロにしてほしいとは、思いません」
「あなたは既に答えを持っているはずですよ、カミュ。あなたが大切な弟子を、私が、私が何とかしよう、と全力を尽くすのはなぜですか」
「勿論、弟子たちが立派に歩んでゆけるようにです」
「そうでしょう。立ち止まらせようなどとは、思わないでしょう。
ならばミロの歩みも止めてはなりません。ミロがあなたと歩きたいと云うのなら、そしてあなたがミロを愛していると云うのなら、あなたは共に行くべきなのです」
「それで、もしミロが死んでしまったら、どうすればいいと言うのです」
「信じなさい」



女神はカミュに微笑んだ。



「ミロを信じなさい。人は支え合って生きてゆくのではありません。常に手を取り合って生きてゆくものなのです。守られているだけでは愛は成されない。ミロの愛を、カミュ、あなたが信じなさい」





女神の愛は深い、深くて、神聖である。カミュはそう思った。それは女神が人ではなく、神であるからだ。それに引き換え人の愛には限界がある。言うなれば、女神のいったとおり、持ち得る範囲の低さによる。決して神聖ではないし、移ろいやすく誤解もしやすい。
しかしカミュは迷わなかった。人の愛に限界があるというのなら、できるだけ深く、できるだけ強く、そうなるように思考を凝らすのだ。

カミュが考えた方法は、手を取る相手を定めること。それだけだった。元より人の手はふたつしかないのだから、取る相手も自ずと決まる。その時々によって相手を変えることもひとつの道かもしれないが、カミュはそれを望まなかった。


生温い幸せなんぞいらん。

まるで呪文のようにそう言い聞かせて、カミュは自身の愛を貫くことに決めた。それは苦難への決意だった。

























カミュは、今でもやはり山を登り、海を渡り、崖を飛び越え歩いている。気付けばやはり、ミロはその後を追いかけてきていて、必死にカミュの隣に並ぼうとしている。

けれどもカミュは、もう戻れなどとはいわない。今なら間に合うなどとはいわない。
だってどうせ、カミュが与えるだけのものでは足りないのだ。カミュだって同じだ。欲しいものはいつだって、歩いていった先にある。

それでもミロが傷付くのは耐え難いことだが、カミュは耐えた。そして、導くようにした。ミロ、そこは足場が崩れやすい、そっちに行くんだ!そういってやることはできるだろう。ミロは元気にわかったといって、カミュのいった通りに歩むだろう。

辿り着いた場所で、カミュはやはりミロを力いっぱい抱き締めた。
「やったぞミロ、乗り越えたのだ」
カミュの手もその時にはボロボロだ。血がミロについてしまうが、ミロももう散々ボロボロなので大したことではない。血まみれのほかにも汗まみれで泥まみれだが、そんなものすら愛おしい。



そして最後は愛してる、と。そういって笑って抱き合うのだろう。
この世で一番だと信じている優しさを持って、カミュはただ、ミロの頭を抱えて額に額を引っ付ける。



この旅路を邪魔するのなら、迷わず切り捨てぶちのめす。だから力を手に入れよ、だから力を振るうがいい。人は本能で幸せへと歩いていきたいのだ。それも生温いものではない。理屈なんて抜きにした、何とも馬鹿らしく真っ直ぐで曇りのない、愛おしい幸せだ。





(なれば、カミュが一度息絶えたとき、ミロはどれほど深く絶望しただろうか。考えるまでもないことだ。しかしミロは聖戦を戦い抜こうとした。それもきっと、愛だろう。ミロはずっと信じている。愚かな友情を愛おしく思っている)





此処まで来るのは、容易いことではなかった。だがカミュにはどうだってよいことだ。
女神が微笑む世界の中で私たちは愛し合う。



さぁ次はどこへ行こうか。例えどちらかが息絶えても、愛は続く、幸せは続く、今日も明日も歩みは止まらず、朝の光に泣いて笑って抱き合うのだ。


生温い幸せなど、ここにはない。









愛と幸福のワンダーフォーゲル



突発衝動カミュミロ。もう何回愛とか幸せとか打ったかわかりません。
私にしては珍しいのではないかと思われそうな話ですが、結局根本はここにあるに違いないと思います。恥ずかしいけどね!もうカミュミロだからいいよ!そんな気分です。私も丸くなったもんだ。


生温い幸せなんていらん、はYUKIちゃんのライブいったひとのレビューにあった話から。
誰かを本気で想って誰かに本気で想われたら、全力で幸せになるのよ、ってYUKIちゃんがいってました。
信じてます。