我が最愛の姉上・織乃より、
「カノミロ書いてよ」…というリクエスト(?)です。
バレンタインに考えていたネタをサルベージしてみました。
それでは、どうぞー



























大事にする仕方なんてわからない。わからないのはお互い様だ。だからいつまでも此処で居たって本当は構わないし、これ以外の何かを作ろうだなんて想像もつかない。多分望まれもしていない。例えそれで満足なんかできなくなっても、良い、これでいい。







今日も、この場所だ。








朝から、ミロが喚き散らしていた。昨晩海界から帰ったばかりでまだ眠たいカノンを叩き起こし、寝台の上で胡座をかいて怒鳴り声をあげた。

「カミュが!」

眠たい頭でもまぁ大体予想はできる範囲の話だ。どうせそんなことでしかミロが自分のところに喚きにくる理由なんざ見当たらない。
「…今日はどうした」
「三日前にはちゃんと帰ってくると言ったのに!」

怒りやら寂しさやらで支離滅裂になっているミロの話を要約すると、今もシベリアの地へ赴くカミュと随分前から出かける約束をしていたらしい。カミュもその日なら帰れると電話越しにしっかりと承したはずだったのだが、直前、つまり三日前の今日、それもカミュがシベリアから戻るという日になって突然、急ぎの用事ができたという。

何だ、今に始まった話ではないだろうが。眠たい頭の端っこでそう考えたカノンだが、決して口にはしない。それはミロの前では禁句だった。あらかた話し終わったミロが罵りとものろけともつかないことを矢継ぎ早に口にするのを見ながら、カノンは首の後ろを掻いた。
本当はこのまま、そりゃお気の毒に、なんていって追い返してやればいいのだろう。デスマスクやアフロディーテならばそうするのではないか。何を子供みたいなことを、ちょっとは大人になれと。しかし此処でそんな態度がとれないのは、何だろう、自分にも多少経験があるからか。相手にされないで通り過ぎていかれるこの声と身体。

「おいミロ」
とりあえずベッドから退くよう促して床に足を着ける。その一言で少し我に返ったか、ミロの喚きはひそめられ、黙ったまま目を擦っていた。
「今日暇になったんだったら付いてこいよ、荷物持ち」
部屋に散らばっていた服をかき集めて何枚かを選びながらカノンが言う。ミロは不機嫌そうな表情を作った。
「誰が荷物持ちなんぞするか!」
「じゃあしょうがないな」
わざとらしくそう返事をして服に袖を通す。机の引き出しから財布をとって上着のポケットに突っ込んだところで、ミロが慌てて口にした。
「に、荷物持ちはせんが、買い出しなら行くぞ!俺も買いたいものが、」
「財布は?」
焦ってシーツに足を滑らせながら一瞬面食らった顔をする。明らかに朝の衝動で上から駆け降りてきたのだろうミロが、当然鞄の類いなど身に付けているはずもなく。
「買ってやろうか」
悪戯が成功したようにけらけらと笑って、固まるミロをからかった。
「ふん、どうせ後で徴収とか言うんだろう」
「今日は言わん」
「嘘を吐け、信じられるか」
すぐに持ってくるから絶対に待っていろよ!と無駄に力強くカノンを指差して、ミロは宮を後ろに駆け抜けていく。それを見送りながら、何だ、せっかく仏心起こしてやったというのに、と冗談混じりに苦笑して、カノンは窓から空を見上げた。








本日は晴天。乾期の、雲ひとつない美しい天気だ。









そんなアイオロスならば上機嫌で下手くそな鼻歌を歌うであろう空模様とは裏腹に、不機嫌な空気も態度も表情も隠さないままミロは市場をずんずんと進んでいく。その斜め後ろをカノンは歩いた。市場は珍しく人の混み合いもなく、かといって閑散としていることもなく、程よい歩きやすさである。

買いたいものがあると宣言した割にずらりと並ぶ商品にはひとつも目をくれず、すれ違い通り過ぎる人という人を睨み付けてはあからさまにそっぽを向くミロの、視界にわざと入る位置からふらりと離れて店を覗いた。吟味するように見せかけて慣れたように手を使い、店から足を遠ざければミロが勢い良くこちらを向いて、大股でカノンに歩み寄ってきた。
「盗むなと言っただろうが!」
カノンの左手に乗っかる民芸品のブレスレットを引ったくり、元の場所に戻しながらミロが吠える。肩を竦めてあくまでふざけた様子を崩さないカノンを全力で睨み付けた。
「冗談だ」
「冗談だと?もう絶対に騙されんぞ!サガからもしっかりいいつかっているんだからな!」
ミロと出かけるのはそんなに珍しいことでもない。大した外出でもないのにミロはカノンを引き摺っていこうとしたし、カノンに無理矢理ついていこうとした。そのどちらも断る理由のないカノンは大概は勝手にさせていて、大概勝手に自分で楽しんでいた。
「あまりでかい声を出すな。目立つぞ」
しかも今日は人もそれなりで、長身でガタイのいい男ふたりが子供のように騒いでいる様も丸見えだろう。
「なら盗むな!」
「わかったわかった」
「わかったは一回でいい!」
結局声のトーンを落とすこともなくカノンに食いかかるミロの後ろを、ある一組の男女が互いに腕を組みながら、奇異の目で一瞬こちらを見て立ち去っていった。その後には楽しそうな笑い声が耳をつく。思わずカノンはそれを目で追ってしまった。一層、顔をしかめたミロが振り返ってその幸せそうな背を睨み付ける。
不穏になるな、とは言えなかった。何かを言いあぐねてカノンはただ口を僅かに開いたり閉じたりする。
「ふん」
やがてミロの方がすぐにそこから顔を背けて歩き出した。
「どうせ遠く離れた状態が長く続くなんてこと、経験したこともないんだろう」
僻みにしては少々無理のある、しかし喉の奥から押し出すように捨て台詞を吐いたその足取りはどことなく重かった。
















「大体、カミュはいつもいつも氷河アイザックアイザック氷河で、俺のことなど二の次なのだ。せっかくの良い店を、カミュにも紹介してやろうと思ったのに」
ミロがカミュを連れて行こうとしていたのは、市場を過ぎた先の奥まった通りにある小さな喫茶店だった。買い物の最中、やたらとその店を引き合いに出してカミュが約束を反故にしたことを繰り返し話すので、カノンが逆に聞き出してやったのだ。どんな店か気になるな、良い店か?尋ねれば、眉間に皺を寄せて不本意そうにしながらもカノンを引っ張って連れてきた。
「確かに良い店だ。静かだし、内装もいい。飯も旨い」
「そうだろう。俺が見つけた穴場だぞ」
「何時見つけたんだ」
「忘れた。だが随分前だ」
見つけたとき真っ先に、カミュを連れてこようと思ったという。何かあればとにかく逐一カミュに報告したくてたまらないのは、後から思い出して話すのが難しいからだ。ミロは言葉を尽くすのが苦手であるし、本人にも僅か自覚がある程には気分の移り変わりが激しくもある。
「カミュに奢ってやりたかったのに」
あいつは気遣いの施しでも決して受けようとしない奴だから、例え連れてきたとて奢りまでしてやれるかと言えば恐らく無理だろうがな。

口の中に料理を絶え間なく運びながら器用に喋り続けるミロの相槌を打つ。先刻よりも感情的には落ち着いているものの、やはりまだまだ文句を言い足りないのか舌は回る一方だ。しかし此処でいい加減な回答をしてはいけない。投げやりな返答をしてはいけない。ましてや自分も一緒になってカミュの文句を言ったりなどとは絶対禁止である。まぁ文句も何も自分はそこまでカミュと親しいわけではないので言おうにも出てこないのだが、こんな風に幾つも幾つもルールを守っている。


食べ差しながら、メニューの書かれたボードを眺めた。
「フランス料理があるな」
ミロもフォークを片手にそちらへ顔をあげる。
「ああ、それもカミュに紹介しようと思ったんだ。といっても、あいつは母国の記憶なんて全然ないから懐かしいなんて口にするとは思わん。思わんが」

言葉尻に悩みしかめ面をするミロに、努めて穏やかにカノンは返した。

「残念だったな」
「……」

今日、己の機嫌が最下降でなくて良かった。昨日からサガの機嫌も最下降でなくて良かった。二日前ラダマンティスに片っ端から愚痴をぶつけておいて良かった。そうでなければこんな気持ちの悪い返事の仕方、正気で出来たものではないだろう。



「…ああ」

ずっとこのままでいいとは、本当は嘘だ、嘘っぱちだ。そもそも自分がそんなに殊勝な人間だったら、こんな事はもとより考えたりしないはずなのだ。カミュが来ない、カミュに会えない、話せない、共有できない。それを素直に嘆いて怒って悔やめる彼を、放り投げられも宥められもしないまま。



「……残念だ」

一番最低な同情で返す。
















店を出る直前、当たり前のように纏めて会計をしようとするカノンをミロが止めた。
「なぁ奢らせろ」
ちゃんと足りると財布を開いて主張する。カノンは首を傾げた。
「カミュと来たときにしてやれよ」
「いや、いい。お前がいい。何だよいつもはやれ割り勘だ奢れだ煩いくせに」
店員の前で軽く始まる応酬に、降参したのはやはりカノンで、大人しくミロに奢らせた。わかったわかった好きにしろと両手をあげたカノンに、ミロは先ほどまでの機嫌の悪さなど無かったように嬉しそうな顔をして、店員に札束を叩きつけた。






再び戻った市場通りで、吹っ切れたようにあれもこれもと買い込むミロに、押し付けへし合い結局荷物持ちになる。

「カミュがな、」
帰ってきたときには精一杯笑顔で迎えてやれるようにと。少し遠くなったぐらいでミロは躓きもしないから転がりもしないのだ。それをカノンは眺める。
「用事が終わったら戻るのか?」
「いいや、たぶん無理だ。次は1ヶ月後かそこらかなぁ」
溜め息混じりに云うミロの声に、もうあの激しさはないが。
「長いなぁ…」
「長いな」
「全くだ」
既に空は赤く染まり、地平線に日が沈む。半分予定外、半分予想内の一日が、今日も過ぎては頭を垂らした。





変わらない。

変わらないのだ、恐ろしいほどに。





抱えた荷物を揺らして影はふたつ、人里離れた世界へゆっくり歩いて帰っていく。会って話して喜んだり、結んで破って泣きわめいたり、疲れて遊んで項垂れたり。繰り返したことばかりに飽きもせず。
「1ヶ月なぁ…」
日にちにして30日。時間にして720時間。なんとまぁ数字の恐ろしいことか。


沈黙が続く。








大事にする仕方なんてわからないし、思い遣りも心遣いもわからないのはお互い様だ。だからいつまでも此処で居たまんまでこれ以外の何かを作るだなんて本当はできない、多分望むことも難しい。例えそれで満足なんかできなくなっても。

「晩飯どうするかな」
「巨蟹宮に行ったら何か貰えるんじゃないか?」
「ああ、いいなそれ」



例えそれで、後悔を募らせては誤魔化し歩いて亡くなったとしても、また明日もよろしく、と。言える位置があれば。どれだけ哭いても今日を笑って終われるのなら。









ジンジャーサンセット



姉上の誕生日に合わせて書きましたカノミロ。本当はバレンタイン用に考えていた話だったんだけどお蔵入りしてて、姉上が妙に楽しみにしていたので発掘してきたという。なんつか、もうこれ究極にうちのカノミロ!!!って感じで凄く楽しかったです。

リクエストありがとう姉上!煮るなり焼くなり好きにしてね!!