「ま、待てーーーッ!!!!!」
人通り少ない路地の一角で目一杯の叫び声をあげた。そんなことしたからって自分から遠ざかる影が速度を落として止まったりするはずもないのだが、それでも叫ばずにはいられなかったのだ。
「俺の財布ーーー!!!!」













Welcome to the Restaurant!!














爽やかな朝、午前6時半頃、フリオニールは店の前で箒を片手に立っていた。昨日の夜は雨風が激しく、道に枯葉やら枝やらが散乱しきっていたのを見かねたセシルに、ついさっき掃除を頼まれたのだ。
朝は皆、昼前の開店に合わせての準備に忙しい。また毎日のように開店前にはミーティングがあり、バイト扱いのフリオニールはともかく、他の従業員たちはこんなに朝早くから手が離せない状態である。


少しずつ仕事には慣れてきたといえどやはり勝手がわからぬ部分もあることは当然で、店の詳しい部分は正規の従業員たちに任せるのがいちばんだ。…しかしここでのバイト以外には何もしていないのだから、実質ここに就職したようなものなのではなかろうか…と考えては首を振る。そこまで甘えるわけにはいかない。この間にきちんと就職先を探さなければ。
ウォルやセシルは、「君はいい子だから、誠実にしていればどこでもきっと貰ってくれる」と励ましてくれるが、フリオニールは曖昧に苦笑いするしかなかった。自分の不器用さや融通の利かなさは自分が一番よくわかっているつもりだ。大きなヘマくらい若い内は仕方ないなんて言っても、もう社会人への一歩を踏み出し始めたのだから、甘いことはしていられない。




そんなことを考えて溜め息をつきながらも、いやいやがんばれがんばれ俺…!なんて自分を奮い立たせていると、突如強い風が吹いてきた。集めた落ち葉やらが少し宙を舞った、だけで終われば良かったのだが、店先に置いた看板までもが煽りを喰って倒れ、貼り付けていた宣伝用のチラシが飛んだ。あ、と声をあげたときにはもう遅く、咄嗟に手を伸ばすもわずかな差で指をすり抜けてしまう。その隙に次々と他のチラシも舞い上がり、不恰好な紙吹雪をその場に巻き起こした。
「ああーっ!!!」
フリオニールは慌てて箒を置き、それらをかき集めようとしたがなかなか捕まらない。二、三枚を確保したところで、他の数枚は少し店先から離れたところまで旅をしていた。焦りで足をもつらせながらもそちらへと向かう。



「あ、」
再びやわらかい風に撫でられて舞い上がる紙に、またか!と思うよりもはやく、それを摘まみとった指があった。



「どんくさいんだな、あんた」
摘まんだチラシをそのままフリオニールに差し出してくる。同時に発せられた言葉は、走った所為で息の上がっているフリオニールのコンプレックスをグサァァァと突き刺したが、声に揶揄するような棘はなかった。だからこそむしろ刺し貫かれた。
「セシルが、新しい子はいったよ〜っていうからさぁ。ちょっと見に来てやったのに。なんだぁ」
演技過剰に落胆されたわけでもないのに、なんだろう、この惨めな気分は。

目の前に居たのは、フリオニールよりもふたつかみっつ年下であろう少年だった。本当にただの少年だった。
「…せ、セシルの知り合いなのか?」
差し出されたチラシを受け取ろうと手を伸ばすが、寸で避けられる。
「うん」
「そ、そうか…」
もう一度手をチラシに向けて、ひらりとかわされて、また差し出されて。明らかにコケにされている。少年は別に面白がる様子もないままずっと同じことを繰り返しているのであるが、その所為で、普段はこれ程もかと言うほどお人好しなフリオニールが、だんだん焦りから苛つきはじめていた。
「あの…」
頼む、それ返してくれないか?

…と、ようやく口にしようとしたところで、唐突にそのチラシはフリオニールの手に落とされた。慌てて掴み取ると、少年はくるりとフリオニールに背を向けてしまう。





「え、あれ?あの〜」
「あんた、アマアマだよな」

すたすたと歩いていってしまうから、思わずその背に声をかけてチラシを持たない方の腕を伸ばしかけたというのに。ちょっと離れた場所で少年は振り返って、手の中にあった何かを真上に投げた。ちゃりん、と金属音がする。それは、今フリオニールが欲してやまない…。



「あ゛ーーーーーー!!!!????」



フリオニールが自らのポケットを叩いて叫び声をあげた。その瞬間に、少年は待っていたというように地面を蹴って走り出す。
「ま、待てこら!!!」
そう言って待ってくれる奴が居れば苦労などしないものだ。ようやくしてやったりな表情を浮かべて逃げ出した少年に続いて、フリオニールもそのどんくさい足を動かした。




「俺の財布ーーーーーーーーッ!!!!」

そして冒頭に戻ってくる。


to be continued…