金ノ介さんからのリクエストで
「黒サガとカノンの、健全ながら兄弟っぽいコミュニケーション。仲良しでも軽い喧嘩でも」
・・・で御座います。それではーどうぞ!
何かがおかしい。海界より聖域に戻ったある朝、カノンは特に何の根拠もなくそう思った。双子だからか、面倒なことに、カノンはサガの精神的肉体的体調不良を機敏に感じ取ってしまう体質にある。反対に、サガは自分の体調がどうにもアレすぎてカノンのそれを感じ取ることはできないのだが(更に言うとカノンは実に健康体であるので)、それはそれで良いことなんだか釈然としない話なんだか。
双児宮に戻ると、部屋の前で何やら揉めているデスマスクとアフロディーテとアイオロスを見つけた。ひそひそ声ながらも凄い剣幕でアフロディーテがアイオロスを責め立てていて、アイオロスは困った顔をしている。そのふたりの間に入って仲裁しているのがデスマスクであるらしかった。
「おい、何してるんだ」
不審すぎる三人が気になる、のもあるが、まずそこを退いて貰わないと自分が中に入れない。ただその理由で声をかけたのだったが。
「ああ、ようやく帰ってきた!これで後は頼めるな」
アイオロスが明るくそう口にして、宮を後ろに抜けていく。まだ話は終わってないとそれをアフロディーテが追いかけたので、デスマスクも後に続こうとする。
「って待て待て!何なんだ説明ぐらいしていけお前ら!何が頼めるだ!」
叫んで、振り返ったのはデスマスクだけだった。しかし彼も深く溜め息を吐いて、
「…中に入りゃわかるから」
としか言わなかった。
カノンは二重人格なんぞ信じちゃいない。
どれだけ人づてにそれを主張されても、いまいちどういうものなのかわからないし、そもそもそんな都合の良い話があっていいのかと。
…しかし、目の前で見せつけられてしまえばどう弁解することもできない。しかも身内とかいう事態だ。受け入れなければなるまい。この、髪の色まですっかり変えてしまった、面倒な双子の兄を。
「…お前…」
ソファーにふんぞり返るは紛れもなく自分の兄、サガなのだが。
「ほぉ」
髪を漆黒に染めたその『サガ』は、入り口のカノンを興味深そうに見た。
「貴様が私の弟とかいう輩か」
…弟に向かって『輩』はないだろう…という突っ込みはとりあえず引っ込める。
「…お前が『黒いサガ』か?」
カノンは実のところ、この『黒い』方に会うのはこれが初めてだった。
13年前からサガはずっとこの黒い方を抱えていたのだと聞くが、これはカノンがサガから離れてから現れたものであり、カノンは一度も会ったことがなかった。聖域に戻った折に話だけはもちろん聞いていたのだが、復活してからは出現する気配もなく、また前述したとおり二重人格なんて都合の良い話をカノンはこれっぽっちも信じていなかった。
「黒い、は余計だ。私はサガだとも」
偉そうにでかいソファーを独り占めし、黒いサガはにやりと笑う。平素のサガなら間違ってもしないような笑い方だ。
「ふむ。弟というだけあって私とそっくりだな。髪の色だけは戴けんが、まぁ私と似ているという点で許してやろう」
何を許されたのかはさっぱりだがそれは百歩譲って置いておくとして、どうやらこの男もカノンのことを知らなかったらしい。確かに今まで会ったことはないし、当然と言えば当然だ。しかしサガと意識を共有してはいないのだろうか?
「サガはどうした?」
「だから私はサガだ」
ややこしい。
「…白い方だ、白い方」
二重人格の話をされた時に、デスマスクがそう呼び分けていたことを思い出して口にしてみる。黒いサガは何故か楽しそうに笑った。
「随分と胃を痛めていたようだぞ。そうだ、明日死のうと此処数日そればかりで、実に不愉快だった」
また自害する気かあの愚兄。…と呆れ半分、また仕事やらアイオロスやらで定期的な鬱モードに突入していたに違いない、と冷静に判断する。なるほど、鬱が高じて引っ込んだか。器用なんだか不器用なんだか。
「仕方ないから私が出てきてやったのだ。休みを貰うと一言いってやるためだけにな」
それだけの為に髪まで黒くしたのかということより、たったそれだけを口にできない白い兄が問題だ。別に遠慮なんかしなくたって、此処の連中はお前の言うことなら大概何でも聞き入れてくれるだろうに。
…と、本人が『いない』ところで愚痴ったって仕方が無いので。
「…で、目的は果たしたのにどうしてお前がいずっぱりなんだ」
「戻ってこんのだ」
「なんで」
「知らん。本人に聞け」
自分の兄、しかも半身でありながら、一体これはどういう仕組みになっているのかが非常に気になる。更に余程心の鬱屈か深いのか意識の戻って来ないソレに対して、もうため息しか出てこない。しばらく置いておけばそのうち立ち直って帰ってくるとは思うのだが。
…のだが、それまで。
「故にしばらく私がお前の世話になってやろう。光栄に思え、我が弟よ」
ほら、やっぱり。
さてどうしたものか。この兄は確かに己の兄であるが、今まで全く面識のない他人も同様であって、世話になるもなにもどうすればいいのかわからない。白い方であってさえ扱いの難しいサガだ、黒い方は一体どうなのだろう。
腹が減った、という。第一関門は食事らしい。何か作れとは口にしないものの、ソファーを占拠したまま動かず空腹のみを訴えるということで『用意しろ』と暗に示している。仕方無いので作ろうと台所に立った。
同じ人間なのだ。味覚まではそう簡単には変わらない。案の定、サガの好物ばかりで取り揃えれば、すっかり全部平らげた。味に文句は付けられなかったが、見た目が悪い、とケチは付けられた。
「切り方が雑だな」
ならお前が切れ。…と思ってもカノンが口にできるはずもなく。面識のない他人だなんて言ってもサガはサガだ。下手な言い争いは避けたいところである。
「お前が教皇やってたときは誰が飯作ってたんだ」
「知らん」
「知らないのかよ」
「くだらんことで思考を無駄にしたくはないのでな」
フォークで突き刺し口に運ぶまでの流れは白いのと変わらない、優雅で洗練されたサガのものである。
「それはそうと愚弟よ」
「…なんだ」
「部屋を漁ったのだがな。…ああ、貴様のではないぞ。こいつのだ」
皿の中がすっかり綺麗になるよう平らげたのち、黒いサガは徐に切り出した。向かいに座っていたカノンは既に立ち上がり食器を洗い流す準備をしている。
「実に退屈な部屋でな。面白そうなものが何一つない」
淡々とした物言いでつらつらと述べながら、黒いサガは机の上に何かを置いた。流しからでは少し遠くて見えづらいが、それは少し厚みのある、長方形の物体だった。カノンが首を傾げる。
「こんなものしか見つからなかったが、まぁ千歩譲ってこれでも構わん」
「…俺に、どうしろと?」
「簡単だ。あいつが戻るまでわたしの相手をしろ」
実に尊大にそう命令した黒いサガは、再びその長方形の物体を手にし、箱であったらしいその蓋を自ら開いた。カノンがしかめ面で様子を窺うなか、すっぽり嵌まっていたカードの重なりを取り出し繰り始める。その一連の動きも淀みなく、それすらサガと、白い方と何ら変わらない。
「…昔の様にか?」
思わず、小さく呟いた。もうわざわざ注釈を入れずともわかるだろう、綺麗に繰られ机の上に再び置かれたそれは、トランプだ。カノンには見覚えがあった。まだ幼い時分にサガが誰かから貰ってきたとかいうやつだったと思う。退屈していたカノンのために、とか言いながら、それが随分と気に入ってしまったらしいサガは、結局カノンと共に遊ぶ以外のときにそれを持ち出してくることはなかった。
「なんだ」
「いや、なんでもない」
首を横に振り、カノンは机の方へ歩み寄る。水の中に浸すだけで食器洗いを後回しに、向かいの席に着いた。
「で、何をやるんだ?」
この兄がトランプ遊びに精通しているように思えないが、とりあえず尋ねはしてみる。
「ポーカーはどうだ」
カノンはあからさまに顔をしかめた。
「ポーカーだと?」
「ああ」
「…やったことあったのか」
「デスマスクから聞き出したのだったかな。よくやっていたぞ」
配れ、と言わんばかりにトランプを突き出される。黙ってそれを受け取り、慣れたようにふたり、それぞれに五枚のカードを分配した。
「何かを賭けて行うのが一番いいのだが」
「…賭け事はせんぞ」
「わかっている。身内が相手だ、わたしもそこまで鬼ではない」
配られた五枚をひっくり返し眺めながら、サガは少し笑う。
「しかし賭けるものが無ければ勝敗がわかりづらいな。金額だけは明示しながら行うのはどうだ」
要するに、手持ち金を決めてそれを架空に賭けながらゲームを行う、ということだろう。カノンはその提案を飲んだ。昔から、兄弟の間でゲームをするときは何かしらルールを定めるのが常だった。サガは公平であることを望んだ。特に異存もなかったカノンは、そのルールに従うのが普通だった。
「相手を、」
何度目かのゲームの途中、サガは椅子の背凭れに身を預けながら、実につまらなさそうな色を隠そうともせず口を開いた。
「打ち負かしてやる瞬間が良いのだ。圧倒的なものの前には何物も通用せんと、思い知らせてやるのがな」
いきなり何を言い出すのやら。カノンは窺う視線を向かいのサガに送る。ゲームはほとんどの割合でサガの勝ちであった。別にイカサマをしているわけではない。また決してカノンが手を抜いているわけでもない。勝てないと考えたらすぐにフォルドをかけるのがサガのやり方だった。
「力とは、ただ物理的なものだけを指すのでないぞ。知力も権力も、その全てを持って圧倒的であることが必要なのだ」
「飽きたのか」
「そんなことはない。はやく賭けろ」
この一戦もカノンが負けた。架空ではあるが、この残金だと次負ければあと一戦で終了だろう。何気なく窓の外に目をやると、日が傾いていた。確かに、暇潰しは成功だ。肝心な白い方が戻ってきていないが。
そろそろ下りて、洗いものの続きと夕飯をどうするか考えなくてはならない。わかっている。だがカノンの指は再びカードを分配し、最後の一戦を始めようとしていた。
「ほう」
やるのか、と些か意外そうにサガは息を吐く。
どうせ最後の一回も負けて終わりだと、そう言いたいのだろう。確かにそうかも知れない。思えば昔からサガには、こんな簡単なことであっても勝ったことはほとんど無かった。サガに勝つと意気込んで強くなったときには、既にサガはカノンの相手などしようとしなかった。
ああ、なんだ。つまりはそういうことか。
今朝方聖域に戻りこの黒い兄と対峙したときから、無意識に遠目に見ていたのだ、きっと。自分の兄だと、しかし他人だと、頭ではそう言いながらそのどちらだとも認識はせず。
「おい」
「どうした愚弟」
「もうポーカーすんのは止めとけ」
何の脈絡もないカノンの発言に、本日初めてサガが不可解そうに表情を歪めた。
「何だと?」
「賭け事向いてないぞ」
文句を言おうと口を開きかけたサガより早く、カノンは次の言葉を持ち出してくる。
「絶対勝てると思ってる奴に、賭け事は向いてないって言ったんだ」
強い口調だが、僅かに軽さをもって発せられた。サガはますます不審を深める。言われたことの意を理解できないのではなく、意図を汲み取ることができなかった。
「だからどうした。それでわたしを揺さぶろうとでも?」
ポーカーは心理的な要素が強い。これをひとつの作戦と捉えるのが普通だろうと、そう考えた。しかしカノンはにたりと笑った。本日初めてサガの見た、弟の意地悪い笑みだった。
「だったら試してみるか?次は俺が勝つぞ」
「何を根拠に」
「そんなもん、無い」
無いから、勿論絶対とまでは言えない。だから、絶対などとは言わせる気もない。
この黒い兄も、根底の部分は平素の兄と何ら変わったところはないのだ。繊細で傲慢で、自己中心的だが他人の目を異常に気にして、体面を守る。細かい部分では違うところも存在しているのだろうが、結局は同じだ。おんなじなのだ。だから自分がやってやるべきことも同じことだろう。
サガは一枚、カードを取り替えて山札から一枚引く。カノンはカードを全て取り替えた。奇行だ、それはパフォーマンスか?しかも観客がわたしひとりとは何とも気の毒な話だ。畳み掛けるサガの謗りも露ほどにすら気にせず、カノンは残金を全て賭けた。
「勝てると本気で思っているのか」
最後のベットが終わったところで、不機嫌そうにサガが言う。
「賭け事はな、負けるんだ」
あとは互いのカードを開くだけだった。
「どれだけ綿密に計算したって負けるんだよ、いつかはな。だから負けることを許さない奴は、さっさと止めた方がいい。それか何かを『賭ける』のをやめた方がいい」
「なかなか生意気な口を聞くではないか」
顎でカードを開くよう促すサガに向けて、カノンは立てたカードを指で弾く。ぱたん、と勢い付いて倒れたカードは、バラバラの絵柄にバラバラの数字、色のものが五枚。同時に、反対のサガも倒して、バラバラの絵柄にバラバラの数字、色。
カノンは声をあげて笑った。サガも頭を抱えた。
「お前の勝ちだと思ったのになぁ、サガ」
「全くだ。どうだ?白黒はっきりつけるか?」
「いや」
夕飯つくらないと。台所を睨みながらカノンが首の後ろを掻く。まだ洗われていない昼間の食器も相まって、脱力感が酷かった。
「トランプぐらい、いつだってできるだろう」
だってそれはサガのもので、サガが大事にしていたものである。黒かろうが白かろうが変わりあるまい。
「それもそうか」
頭を抱えた腕の隙間から一瞬だけ目を覗かせて、サガは声を押し殺し笑った。すっかり傾いた日がそろそろ視界から消える頃に、すっかり机に顔面を伏せて、眠たそうに小さく欠伸をした。
「ならば次の機会にでも、今度はポーカーではないもので相手をしてやろう」
カノンはちょっと訝しげに首を傾げた。おい机で寝るな、と笑いを止めて俯せるサガの肩に手をつくと、その手を上から軽く握られた。
「サガ?」
「カノン」
微かに動いた唇は、音を発する直前に閉じられる。
次にサガが目を覚ましたのは、夜が過ぎ、朝日が上りはじめて直ぐのときだった。
「カノン!」
部屋にサガが飛び込んできた。眠気でいまいち頭の働かないカノンを容赦なく揺さぶり起こそうとしてくる。
面倒くさそうに振り払って、薄く開けた目で見たのは、眉間の皺に青みがかった髪、すっかり平素どおりなサガの姿だった。へぇ、元に戻ったのか。カノンは目を擦りながらほんやり思う。
「どうしたサガ。今日の俺は非番だぞ」
「昨日、あいつが来ていただろう」
「あ?」
「何か良からぬことがあったのではないかと…!」
まぁ教皇殺害やら13年間偽教皇やら、当然と言えば当然だが、もう片方の自分に随分と信用がないらしい。
「…別に何もなかったが」
むしろ平穏だった。もしかしたらこの平素の兄と共にいる以上に穏やかな時間を過ごしていたかもしれないと思えるほど。実に正直な感想をカノンは述べた。
「そうか、何もなかったのならそれでいい」
「何をそんな血相を変えているのだ、お前は」
様々な略歴のある黒い方の行動を心配するのは結構だが、その心配が自分相手に向けられるのは何だかおかしい。心配するならもっとすべき対象があるはずだ。そう尋ね返すと、サガはますます眉間に皺を作った。困った表情を同時に浮かべる。
「いや、お前に会うのだと言ってわたしと入れ替わったものだから…何か良からぬことでも企んでいるのかと…」
「…へぇ…」
(なかなかの演技派ではないか、サガめ)
昨日使われたトランプはまだ机の上に置かれたままだった。片付け忘れた、否、カノンにはもとよりそれのあった場所なんてわからなかった。
次来た時のために、今度は自分が用意しておくか。働き出した頭を強く振って、部屋の外へ向かおうとする兄の背中を見送った。
ポーカーフェイス
兄弟っぽい・・・兄弟・・・っぽい・・・??駄目だ、わからなくなってきた(笑)
出来あがった作品は金ノ介さんへそのまま献上いたします!煮るなり焼くなりお好きにどうぞ^^
リクエストありがとうございました!