エスは好き嫌いが多い。食べ物に限らず、気に入ったものばかりを所望して周囲を困らせることはしょっちゅうで、自分の意見が通らなければ駄々を捏ね、怒って泣いて、繰り返して相手を折らせる。そうすればいいと思っている。……いや、思ってはいない、のかもしれない。彼女は大きな声でわがままを述べながら、いつもだれかを呼んでいた。潤んだ瞳でだれかを探していた。でもそれが誰だか、ティには、わからなかった。






















「エス、また残してるのか?」
「だって嫌なんだもん。ティにあげるわ。食べちゃって」
「駄目だ。そんなことをしたらエックスに怒られる。エスが全部食べられるかどうか、ちゃんと見ててくれって言われてるんだ」
「む〜〜」

簡素な食堂の真ん中で、席を向い合せにしながら簡素な食事を口にする。栄養を最大限に考慮した合理的な食事、が、この船の中では常に提供されるが、どうやらこれがエスの口には合わないらしい。ティが数分前にすっかり空にした皿と、未だこんもりと食事の乗せられたままの彼女の皿と、互いに見合いながらじりじりと時間を削る。

「ほら、睨んでても進まないぞ」
「なによう、偉そうに!」
「エックスの代理でいるんだから、当然だろ?」
ちょっといたずらっぽく口にするティに、エスはぷくりと頬を膨らませた。
「あんたにパパの代理なんてつとまらないわよ!」
手にしたフォークが皿を鳴らせる。
「エックスは今ちょっと忙しいんだから、しょうがないだろ。俺で我慢だガマン」
「いーーーやーーーっ!」
「そ、そんなに嫌なのか……?」
「いやよ!だってパパじゃないもの!」

わがままお姫様のようなエスだが、父親であるエックスの前では幾分素直だ。そのことをティも知っている。エックスは優しい、エスが駄々を捏ねてもそれを頭から抑えつけたり叱ったりはせず、子供らしく少し支離滅裂な言葉の羅列を、よく聞いて理解を示して宥めてしまう。だからエスは強気に出られないのだ。正しく導かれた解答の上をエックスに手を引かれて歩く。そのことに不満もあるだろう、しかし彼女はなによりも、父親を愛していた。



彼女はティが嫌なのではなくて、父親ではないから嫌なのだと言っている。

「そこまで言うなら……」
腕組みをして、ため息を吐く。エックスがはやいところ仕事を終わらせて此処にやってきてくれるのを待つしかない。目の前の拗ねた顔を眺めながら、そういえば最近エックスはあまり元気がないなぁと、先ほど艦長室で見かけた姿を思い出した。














































ゼットの用意する食事は美味しい。無言でスプーンを動かしながら、スープをまるで咀嚼するかのように口の中に馴染ませ、ごっくりと喉に通した。同じように無言で、向かいに座ったエスが掬ったスープを口元へ運ぶ。未だ湯気の立つそれに二、三度息を吹きかけて、スプーンの先ごと咥えた。
「うん、やっぱりパパの作った料理は美味しいわね!」
ぱっと表情を明るくさせて、すぐにふたくちめにかかる。そうだな、美味しいよな。途端に何かひっかかりを感じて呟いた。エスが首を傾げる。
「なぁに、その適当な返事」
「え?いや何にも」

慌てて取り繕うように、自分もふたくちめを掬った。そういえば、エスは食べ物の好き嫌いが多くて昔は結構困っていたなぁということを思い出す。今でもどうしても食べられないものには駄々を捏ねるが、ゼットが用意してくれるからだろう、最近は何でもとりあえずは口にするようになった。そのうち気にならなくなってきたものもあるに違いない。「嫌い」から「好き」になったものも、あるに違いない。



そのうち嫌いだったことも忘れて、エスも落ち着いた子になるのかなぁ。ちょっと想像がつかない。食堂に入ってきたゼットの体に嬉しそうに飛びついて、今日は全部食べ切ったわと報告をする彼女の目は、きらきらと輝きながらもその向こうにまだだれかを探していた。だれなのかは、ティにはわからない。そして恐らく、エスにも、わからないのだろう。






彼方の人



エックスさん好きなふぉろわーさんに触発されてかいたもの。
ぷよテト後の親子の関係がすごく気になります。