例えば生きていることが実感できずに、戦場へ身を置こうと考える人間がいる。危険に晒されようと願う人間が居る。そういう奴らとは違うのだとは確かに言える。宝、という言葉に食いついて、豪奢なもの、価値のあるもの、金になるものを愛する人種がある。それとも違うと確かに言える。まぁ金はあるに越したことはないが、別にたくさん持っていたからといって自分が嬉しくなるかどうかは別問題だ。平穏を望んで街の片隅でひっそりとしている、それも退屈で、地位や名誉を夢見て何かの団体に所属したり規律を果たしたりする。それすらどうにも向いていなかった。
自分は、アレではない、コレでもない。『何ではない』ことはよくわかるが、『何であるのか』は未だに見当がつかなかった。それは他人から見ても同じだったらしい。お前はよくわからない、お前は何なんだ、それはこちらが聴きたいところだった。お前たちの方が、俺の姿がよく見えるんじゃないのか?
あれでもないこれでもないと自分を手探りしているうちに、実は道の選択肢というものは非常に少ないのだと悟った。『何かをする』のは簡単だが、『何かができる』こととはきっと違う。それでも興味や足の赴くままにあちらこちらへ右往左往して、ああなんだこんなことしかできないかと納得した。
人間なんて本当にちいさいものだ。
自分が『何であるのか』ということには大して興味などなかったし、わからなくても問題はないように感じた。何ができるのかさえわかっていれば何に悩む必要もないし、自分が何者かなんて考えてる時間が勿体ない。どうせ自分に自分は見えないのだから、考えてたってそれも憶測の域を出ることはないのだ。割り切ったとか開き直ったとかいうより自然とそう捉えるようになったというのに近い。
自分のことを考えているときほど、楽しくないときはなかった。
太陽の祭壇に現れた階段をただひたすら上に向かって上っていく。神の導く道だ、踏み外す心配は恐らくなく、このまま上だけ見ていればよかったのだろうに、グレイはふと後ろを振り返った。
「ん、どーしたグレイ?」
自分の後ろを歩いていたジャミルの足も止まる。振り返って立つグレイに倣うように、彼もくるりと後ろを振り返った。同時に、感嘆の声をあげた。
「こりゃまた随分を高いとこまで来たもんだぜ」
「あらほんと。気付かなかったけど、世界中見渡せそうなくらいね」
軽快に段を上っていたミリアムも、愛用の帽子を押さえながらくるくると周囲に目を向けた。雲の上まで来ている。だが山登りをしているときのように酸素が薄くなったりはしていない。
「いかにも、神様の居そうなところじゃあないか」
最後尾を歩いていたジャンが呑気に口にする。それをきいて前方のクローディアがわずかにため息を吐いた。
とてつもない眺めだった。だが感動というものはあまりない。それは、これから先に待ち受けている試練を思ってのことなのか、それとも自分がそういう人間だというだけなのか。
何にしろ、この高みの先に待つものにも実はさほど期待はしていない。ただ、かの英雄ミルザが潜り抜けたという、エロールの与えし試練というそれ自体は面白そうだと思った。それを自分がこうして受けにいくという事実も。……間違いなく英雄などとは程遠い存在の自分だ。他人のことなど気にかけたことはない。自分が起こした行動がどんな事態につながるか、考えはするが、結局思考が事実に追いつくことはないからと放棄する。命という、ふわふわしたものには信頼など寄せない。命そのものではなくて、それが持つ何かに限りない魅力を感じる。
ここまで自分を冷静に眺めているのに、一体なにがわからないままなのだろう。
「こーしてみると、」
ジャミルが徐に口を開いた。
「やっぱ広いよなー世界は」
「何当たり前のこといってんのよ」
「ついでもって綺麗につくったもんだと思わねえ?カミサマってやつはさぁ」
「……必要だったのかしら」
「何がです?世界が?私たちが?」
「その両方」
「そんなのは、カミサマに訊いてみないとわかんねえな」
「そーそ。この先に居るんじゃないの?」
ミリアムが階段の上を指差す。まだ何も見えてはきていないが、柔らかな光が降り注いでいる。まさしく、太陽に向かう道だというようだ。
「そうですよ、クローディアさん。今は考えてたって仕方ありません。ミルザも受けた試練とやらを無事に突破することをまずは考えましょう」
「うう〜、わくわくする!強い奴がいっぱいいるんだろうなぁ〜」
「まったくとんでもないとこまで付き合わされたもんだぜ。ま、今更根をあげたりはしねえけど?」
「……そうね」
「意見がまとまったんなら、行きましょう。……グレイ、君も覚悟はできてるんだろう!」
「ああ」
仲間達のやり取りを聞き流しながら、ずっとその景色を見つめていたグレイは、ジャンのその声でようやく意識を戻してきたというように緩慢な返事をした。
「そこにあるならそれでいい」
わからなくても、やれることがある。できることがある。享受できる楽しさがある。足をつける地面がある。腕を伸ばして掴めるものがある。頭は悪くなっても思考は続く。心が荒んでも感覚は鋭敏なままで、死にたくなるほど苦しくなっても、息を止めない限りはまだ生きる。それらすべてに関わって、姿も見えない自分がいる。
事実に信頼は要らない。確かに赤い血の流れるものが、自分であって、自分でないものであって、それこそがまさにグレイの愛するものだった。守りたいわけではない、賛美したいわけではない。神ではないのだから、そこまで自惚れていたいわけではない。ない、ないばかり言い続けて、じゃあやはり何なのかという疑問は、この光景の中に投げ捨てた。これから気心の知れた奴らと共に、試練へと向かう。それは自分が生きるか、死ぬか、それらを決定づけるもの。
それ以外のことは、知らない。
エトセトラエトセトラ
ミンサガの没会話なるものが存在するときいて、さっそく視聴し、そのときの勢いでかいたもの。あらゆる角度からグレイを考察したらなんかみんなグレイ大好きみたいなことになっててびっくりした。そんなつもりなかった。
まさかの20000文字に迫る大作になりました。