薄い桃色の紙に、黄色いリボンを巻いて包まれていたのは、二輪の赤い薔薇だった。これから街道を歩いていくって言ったのにまた何故そんな荷物になるようなものを。呆れた声で言えば、花束にしなかっただけ考えていたといってくれなんてにこにこ笑う男。

 片手で銃を構えながらもう片方で薔薇を担いでいるなんて、こんな間抜けな図が死ぬほど似合う男もそうそういないだろう。
「マーケットの花屋ででも買ってきたの?」
「いいや、大通りで花売りをしていた健気で可愛らしい娘さんから頂いたんだ。芳しい香りに惹かれてね、つい」

 そういえば、男からはいつも薔薇のにおいがする。香水でもつけているのかと思ったがそうではないらしいことを、相部屋になってしまってかなりげんなりした様子の赤毛の男から聞いて知った。ただいつも部屋に薔薇の花を持ち込んでいたという。そう、香水などつけるまでもなく、こいつは四六時中薔薇を抱えて過ごしているのだ、そりゃ匂いもするに決まってる。

「シェラ君は、薔薇は嫌いかい?」
「別に、嫌いじゃないわよ。愛でる趣味もないけどね」
 酒は別として、シェラザードは基より実利主義で、不必要に物も持たないようにしていた。正遊撃士は移動が多くなかなか一所に落ち着けないというのもある。だが、大昔はスラムでひとり生き延び、そこから脱出してサーカスの子供になってからも、収入の不安定な移動生活を送っていたという境遇がやはり大きく影響しているのだと、シェラザード自身にも自覚があった。

 それに野草ならともかく、花はとにかく面倒を見るのが大変だし、きちんと見てやってもどうせ最後は枯れてしまうから空しい気分になる。毎日せっせと玄関前の花壇の手入れをしている人を見るたび尊敬の眼差しを送りたくなるくらいだ。自分にはそのようにマメな芸当はできない。しようとも思わない。

「あんたは花を生けたりするわけ?」
「うーん、知識はあるけど、したことはあまり」
「知識?」
「素敵なご老公の庭師に教えていただいた程度さ」
「前々から思ってたけど、あんたの交友関係って謎だわ」
「ふっ、僕の愛の前では外見も出自も年齢も問題ではないからね」
「そんなこと言ってんじゃないわよ」


 お前は何者だ、と問い質したくなるのは、職業柄だろう。そのたびにのらりくらりと男が答えをはぐらかしてしまうのでだんだん相手にするのも面倒になってきた。答える気がないならそれで構わない、妙な真似さえしなければ。あまり信用はならない奴だが、そのバカさ加減は本物だろうからそこだけは信じてやろうと思う。



 ふいに、男が薔薇を一輪、引き抜いた。
「シェラ君は綺麗な銀髪だから、赤いのがよく映えるよ」
 そしてそのまま差し出したということは、髪にでも挿せということか。目を細めて怪訝な表情をつくってやった。受け取らない。
「あんたのその呆れた頭に飾る方がお似合いよ」
 少々わざとらしく冷やかに言ってやれば、シェラ君ヒドイ!と大袈裟に声をあげてみせる。しかしすぐさまいそいそと、本当に自分の頭に飾りだした。妙に慣れて器用な手つきで、腹が立つくらい滑りそうなその髪に赤い薔薇が咲く。

「似合うかい?」
「似合ってるんじゃない?」
「シェラ君、それはこっちを見ていう台詞じゃないかなぁ」
「悪いけど頭に花挿した大の男を愛でる趣味もないから」

 男が笑う。こうしてばかばかしいやり取りをすること自体は嫌いじゃない。ひっぱたいてやれば相応にふざけて、大仰に反応してみせる。いつものへらへらと締まりのない笑顔の中に、わずかな甘ささえ滲まなければ、こんなやりとりをいつまでも続けられたかもしれないのに。

「ならシェラ君にはこちらをプレゼントしよう」
 残された一輪の薔薇を包んだ薄桃色の紙、それを彩る黄色のリボン。
「いらないわよ、そんなの」

 何かを渡そうと思うなら、もっと真正面から来ればいい。今更道化の仮面をかぶった役者などとは男を評価する気はないが。泥道の上をスキップしそうなくらい軽快に歩く男は、どこか自分の目には憐れに映った。そして幾度となく差し伸べてくる腕を、足が汚れるからと断り続ける自分も、きっと憐れな女なのだろう。汚れることなど今更だろうに。

 だからその花は受け取らないままで居る。
















 背中をくすぐる感触をなくしてから、はじめて街を歩いた。向かう場所は一直線に、ギルドの建物だったというのに、懐かしいにおいを感じてふとその方向に足を向けた。別に期待していたなんてことはひとかけらもない、もう久しくみていない明るい金色はもし探したって今日も見当たらない。

 見つけたのは、籠に入った赤い薔薇だった。茶髪のきれいな少女が売っていた。一本どうですかと言われてすぐに、ごめんね、飾る場所がないのよと申し訳なく微笑んだ。籠の中にはいろんな花が入っていたが、赤い薔薇はたった二輪だけだった。
「薔薇って、わりと売れるの?」
「いいえ。花自体、ほとんど売れませんから」
 でも時々買っていってくださる方の笑顔を見るのが嬉しくって。



 ああ、たったそれだけのためにこの少女は土に手をつけて花を生けるのか。さて自分はどうだろう、足もとを泥だらけにしても綺麗な形をしていた、あの日を惜しむほど自分は綺麗でもなくて、伸ばした背筋でまだ虚勢を張り続けている。







棘のある、



オリシェラがかきたくて仕方なくてかいたもの。
たぶんまじめにできないオリビエと、まじめに受け取れないシェラ姉で、待つ優しさを持つオリビエと、追いかけない強さで生きるシェラ姉みたいな。