every30minuteログ 軌跡4
※非常に雑食カオス無節操です
※大した説明事項もなくむちゃくちゃにつっこんであるので注意してください
■野良猫(閃・マキアス)
餌を与えなければならない義務はない。
すこし優しさを見せたところで、ふいと顔を背けて縁など何一つなかったかのように去っていく我侭な生き物だ。そうじゃなくなっても困るけれども、其処に何か見返りがあるのかと言われたら何も思いつかないし。
そもそも見返り、という言葉が浮かんでくる時点でよろしくないのだろう。
「……ていうか、今は何も持ってないぞ。そんな目で見られても、無理だ」
両腕に抱えていたのは大量の参考書。トラムを降りて、自宅までの道のり約数分。足下にまとわりつく白いそれは、どうやら最近うまれたばかりの仔猫らしかった。
にゃあ、と一鳴き、よたよたとついてくる。
「わかった、わかったよ。うちに戻ってからな」
言葉が通じているのかは、わからない。しかし呼応するかのようにもうひとつ、にゃあという声。
「まったく」
もうすぐ入学試験なのに、なんていう此方の事情も、当然ながら汲んでくれるはずはない。わかっているけれどもため息の出る午後の陽の下。
Date: 2014/10/30(木) No.19
(お題頂いたもの。マキアスの受験勉強話とかかきたい)
■深紅の口紅(閃・フィー)
用途は、あんまりしらない。遠い街の繁華街、地下にあった酒場の踊り子が私にくれた。美人で話し上手。言い寄る男は多かったのに、どれも軽やかに流して朗らかな笑みを浮かべてた。後からゼノから聞いて知ったけど、ほんとはもうけっこう歳もいってたみたいなのに、ぜんぜんわからないくらい、綺麗な肌をしてた。
たった3日の付き合いだったけど、何故か私を気に入ってくれた彼女が最後にくれた。私にくれた、真っ赤な口紅。彼女の唇と同じ色。お近づきのしるしだと、はじめてあったとき私の頬にくれた、口づけの色。レオはちょっと悪趣味だっていった。もうすこし控えめな色の方が好みだといった。
私は別になんでもいいけど、彼女にはよく似合ってた。
用途は、あんまりしらない。
しらないけど、底を捻って出した先っぽは唇を彩る以外にも、簡単な絵筆になった。しかも消えにくい。しかも真っ赤で、よく目立つ。
今も鞄のなかに忍ばせている。
Date: 2014/10/30(木) No.20
(お題頂いたもの)
■幸せって、なに?(リィンくん)
雪深き故郷に、立派な父と優しき母、愛おしい妹を持って。頼もしき友人その知人たちと、湯気立つあたたかな水を浴びて斜面を蹴った穏やかな日々。それを何よりも大切なものだったと訴えると同時に、空っぽの頭がそれを拒む。空っぽの心がそれを壊す。
おおきな手があれば守れると思った。
力強いその声があれば、負けることはないと思った。
決して折れない足があれば、どこまでも進んでいけると思った。
微塵も疑わず、空っぽを埋めるようにして転がった道程の上で、誰かの腕を引き、誰かの胸を抱き、誰かの額を撫でて、過ごした。このまま大事なものになってくれれば。そして大事なものになることができたなら。願いは膨れ上がって欲になり、やがて止まることを忘れて転がり続けた身体が、終ぞ傷だらけになっても、そんなことは知らない。
坂道が終わって、ようやく顔を上げた。目の前を塞いだ男に声を上げた。こっちにくるんだと言った。静かに首を振られ、刀を抜いた。なら俺がお前を乗り越えて、その向こう側へ行こう。そしたらお前もこっち側だ。
男は、一瞬だけ悲しい眼をした。
立ち止まらないで、振り返らないで、でも何も取り落とさないで。
真っ赤に染まる視界の中で、それでも望み続けているのは何故なのだろう。止まらない全てを止めて、思い通りにさせてほしいだなんて、空っぽの腕が傷つけた魂。
(それでもきっとお前は許しを請うのだろう、結果を見ることのない果報者め、果報者め)
Date: 2014/10/31(金) No.22
(お題頂いたもの)
■素数(レクターさん)
誰かと誰かの利権のぶつかった後始末、貴方にはこれだけ、貴方にはこれだけと互いの公約数で丸く収めようなんてことはよくあることだが、それで余剰がなかったことなんて一度たりとてあったろうか。そこまで言うと言いすぎかなと思いつつも、指先でペンをあそばせ紙に文言をかきつけていく。ああこれで、またひとつ地図上から国の名前が消えた。走る鋼鉄の車がこの地に乗りつけ、ゲームの盤上へと姿を変えてゆくだろう。その瞬間を見るのは嫌いではない。
集合体は、規律や政策で割り切れってやれば表面上は綺麗に揃う。
問題は個人なのだろう。どいつもこいつも自己主張が激しく、自分は唯一無二だと言い張って疑わないのだから。頑なに掲げた自分の信念をかぞえて、その場を動こうとしない理由にしては耳を塞いでいる。
そうでもしないと唯一無二だと証明できないのだとしたら、可哀そうな素数の群れかもしれないけれども。
Date: 2014/10/31(金) No.23
(お題頂いたもの)
■鎖(オリビエとミュラー)
強固にできていると思っても、実際は、つなぎ目のひとつを軽く解くだけで簡単に外れるものだ。一部や根本はそのまま引きずっていくかたちになったとて、その先に繋がるものは何一つない。それはある意味、虚ろになったともいえるのだろうか。
触れたら手に残る錆の感触は愛とも憎しみとも呼べない。
そろそろお前には首輪がいるんじゃないかと言葉のあやで言った友人に、僕を捕まえていてくれるのかいとわざとらしく声を上ずらせたら殴られた。そしてすぐに、そんなもので大人しくなるほど殊勝ではなかったなと呆れられた。どうだろう、君がつけたそれならそこまで意地になって解こうとはしないかもしれないけど。勿論それは信頼という軸があるからに相違ない。君の潔癖を信じているからに相違ない。軽口だけを叩いて笑って見せた。
だって、もう、十分じゃあないか。君にも僕にもこれ以上は必要ないだろうに。
切れた鎖の先が軽くなる瞬間、喜んだり、悲しんだり。
もう十分じゃあないか。互いまできっちり、締め上げて引きずり回す必要なんてないよ。
とも、言わない代わりに、手を離す。
Date: 2014/10/31(金) No.24
(お題頂いたもの)
■インフェルノ(零・ランディさん)
本物なんか見たことはない。業火と決して光を見つけることのない暗闇か、肉の焼けるにおいと散乱する腐った卵。鋭利な刃物と触れるだけで発破する仕掛け。音は、空気を切り裂いてそこまで落ちてくる。
だったら此処も、たぶん、本物と大して差はないはずだ。
「隊長、撤収の合図がきてますぜ」
先まで銃声と悲鳴に溢れていた周囲は、いつの間にかすっかり静寂に包まれており、いつの間にか、其処にひとり立っていたことに気付いた。
「おう」
すぐに戻る、と、相棒を担ぎ直して返事をする。随分と火の粉をかぶったもんだから、あちこちガタがきているかもしれない。戻ったら、まずは整備をしてやるべきか。草木も枯れて剥き出しの地面を無意識につま先で蹴飛ばし、ごつりと何かにぶつかった。視線を落として目を細める。
祈りは捧げない。いつか自分の行き着くところも、此処と似たような場所なら、これは予行演習みたいなものなのかと、未だそう思っていられることが、不思議だった。
Date: 2014/12/06(土) No.28
(お題頂いたやつ)
■まんまるおつきさまとからすきぼし(クロウとトワ会長)
今日はまぶしい夜なのに、あいつは消えないみたいなんです。見てみなさい、振り返った後ろに伸びる不埒な影を。ようやく太陽も隠れたと思ったら今度はこれだ。俺は頓にこの世界に嫌われてるらしい。
寮の表玄関は施錠されてしまっているから、これは仕方のないことなんですよ。そうです、開いた窓からは肌寒い空気が漂って、もともと冷え切っていた部屋をさらに極寒の地へと変えていってしまうけれども、そんな不毛の地に生き物は住めないから、俺にはてんで関係のない話なんです。
影だけがその道の上を走っているから、他から聞こえる足音はよくわかるもんで。一瞬だけ身を固くさせましたが、しかし直ぐに頬も肩の緊張も緩めて、きわめて軽快に振り返ってみせましたとも。その先にはl未だ制服を着たままの我らが学院の生徒会長サマが居りまして、手に小さな明りを持って俺の鳴らない足下を照らしたのでございますよ。なんとも、健気なことに。
そんなことしなくても今日はまぶしい夜だと言いますのに。
腕を引かれて、鍵のかかっている筈の扉から中へと連れ戻されて、一杯の珈琲を与えられるのです。そのあたたかさの下で、生き物ははまた息を吹き返すことでしょう。不毛な土地もまた、しばらくの間は豊かな世界へ姿を変えるのだ。ああ残念なことに。とても残念なことに。
Date: 2014/12/06(土) No.30
(お題頂いたやつ)
■白からのイメージ(アルバレア兄弟)
使用人の無精だろうか、ティーカップの底に浮かんだ紅茶の染みは、如何にもその心に相応しい。甲斐がなければすぐに汚れるのだ。そしてどれだけ穢れないようにと願っても、そいつは直ぐに他の色を宿す。
何も純粋を示すものではないから、守る価値は薄いと言えなくもない。だがはじめにそれを見出した自分が、ただそれの行く末と齎す結果を知るためだけに手を施した。あらゆる可能性を秘めて、あらゆる可能性に傾けて、何度もカップの底を覗き込む。無精を咎めて拭うのが己の役目であり、結果としてその行方は怠惰な時間との勝負だった。
「なりたい姿は見つかったかな?」
未だ完成を見ない未熟さには、好感もある。先を無限に感じているわけではないが、ゆるやかな午睡の時と履き違えたフリをしてその肩を撫でた。
「……兄上」
不安げな瞳の奥には、何の色が宿っただろうか。探りながら言葉を発する口は、何を理想と語るだろうか。
なにもかも、己という存在に濁されていることに果たして気付けるだろうか。
Date: 2014/12/07(日) No.31
(お題頂いたやつ)
■中身のないカップ(ルファリン)
「紅茶の方がお好きだとは思ったんですけど」
目の前に置く際に音を立てることもなく、中を波立たせることもなく。慣れた手つきで差し出された。地方の男爵家と言えども貴族は貴族、教養はあり、作法も荒削りではあるが一応形になっては居たそうだ。しかし、細かな挙動のひとつひとつは我が弟から学んだのだと云うから、思わず笑ってしまった。あれに作法を叩き込んだのは私だった。そんなものは使用人に任せておけと父が云うのも聞かず、自然にその動作ができるようになるまで管理したのは私だった。
「構わないよ。ここには豆しかないだろうしね」
「……あの人の好みですか」
「珈琲は嫌いかな?」
「いいえ。……すきですよ」
自分の分を手元に、向かいの少し離れた席に腰を下ろす。真正面にいかなかったのは立場を考慮したのだろうし、この後同席する人物のことを考えたのだろう。其処に少しの反発心を感じるのは、果たして私になのか、それともあの人になのか。
「次に帝国へ戻ったときには、そうだな、私の一番気に入っている銘柄でもどうかな」
「ルーファスさんが一番気に入ってる銘柄、ですか?」
「ああ。父の口には少々合わなかったらしいが、ユーシスからの賛同は得られたよ」
「ユーシスの……」
良い豆を使っている。香りを楽しみつつ、カップを手に取って口付けた。少量のミルクと砂糖がしつこくない程度に舌へ絡みつく。それは彼の趣味なのかもしれなかったが、わるくはなかった。
「君の好きな銘柄はあるかな?」
その質問の返事に、然程期待はしていない。少し困ったように眉を顰めて、しかしきちんと答えを用意しようとするさまを見て、ある程度の予想はつくからだ。つまらないとは言わないが、実に安直な子だと思った。
Date: 2014/12/07(日) No.32
(お題頂いたもの。着地点迷子のルファリンもどき)
■手のひらの温度(クロウとトワ会長)
想像だけでは測れないものがあった。一番身近なものだと、心とか。いや、それは測ろうとするだけ無駄なものか。それ自体が想像で出来ている代物だから。
本来は信用にも値しない。
「やっぱりこの時期の屋上は寒いねえ」
白い息を吐きながら、柵に手を届かせ、のんびりとした口調で少女が笑う。いや、見た目が幼いだけで歳は然程変わらないし、気が散っているときのドジさに目を瞑れば、非常に優秀な『次期生徒会長』であることには間違いないのだが。
「弁当くらい、生徒会室で食ったらどうだ?」
「たまにはお外で食べたいときもあるんだよ」
両手を擦り合わせて肩を震わせながら、それでもこの寒さもじきに終わる。あたたかな南風と共に花が芽吹く季節がくる。そう思うとこの底冷えする空気も愛しく思えるだろうか。
そんな馬鹿なことはない。
「うーん」
弁当箱を開けて、フォークを取り出して、しかしかじかんだ手が気になるらしい。息を吹きつけてあたためているから、なんだ冷え性かとからかって笑った。
「そういうクロウ君は、つめたくないの?」
言うなり絡め取られた左手から氷に触れたみたいな感覚が伝わる。思わずぎょっとした。
「お前冷たすぎじゃね?」
「クロウ君は、」
冷たい、小さな手が、己の無骨な手をなぞる。他意は一切ないのだろうが、この場に他人が居たら少々気恥ずかしい状況だ。
「思ってたよりあったかいね」
本当に意外そうにいうものだから、なんだよ冷たい人間だとでも思ってたのかよと拗ねた口調で返すと、緩慢に首を横に振られ、ついでににこりと微笑まれた。
「アンちゃんとジョルジュ君とおんなじくらいあったかいの、いいなぁって」
Date: 2014/12/18(木) No.34
(つないだことがないのはきみだけです。お題頂いたもの)
■背中(クロウとガイウス)
「わりと背丈も幅もある方だと思ってたんだがなぁ」
「どうした?」
「いや、お前さんやっぱでかいなーって」
手のひらを自身の頭の上に掲げ、前後に揺らして目を細める。対して目の前の、異国の留学生は、その不審な行為に首を傾げつつ、同じように手のひらを掲げ、同じように動かした。
「ふむ。あまり変わらない気がするが」
「うーんまぁそうなんだけどな?」
これで年下かぁと小さく零すと、帝国に来てからよくいわれる、なんて淡々とした口調で返されて肩を竦める。気を悪くさせてしまったかと謝ると、なぜ謝るのかとまた首を傾げられるから、流石に苦笑いするしかなかった。
描きかけのキャンパスを抱えて椅子に座る。椅子の方が小さく窮屈に見えてくるのがおかしくて仕方ない。背凭れ小さかったりしないかと冗談交えた言葉に、背凭れがある椅子が珍しかったのだと返された。そういえばあまり凭れて使っているのを見たことがないかもしれない。背筋はきちんと伸びていて、別に猫背であるとかいうことはないが、後ろにも体重をかけていない。
「そういうもんかね」
「? そういうものなんじゃないのか?」
価値観の差異かな。そうやって濁した言葉と共に、己は悠々と背凭れに背を預けた。
Date: 2014/12/18(木) No.35
(お題頂いたもの)
■おちてきたもの(ルーファスさんとレクターさん)
計算して、推測して、それでもまだもう少し幅を広げて。更に計算して、結果を見て、まだもう少し試行を重ねて。全てがそれで割り切れて収まる程単純ではないし、だからこそこの世界で行われる全ての遊戯は苛烈で楽しいのだけれども、それでも己の采配の中に紛れている何かしらの不確定要素には、眉を顰めたくなるものだろう。だがそれすら楽しい、それすら次の施策の中に盛り込めるなら、はてさて。
そいつはいつも、空から突然降ってきたりすることもなく、自分の足で歩いてやってくる。
「意図は、どこまで真実として作用できると思う?」
赤毛の同胞が尋ねてきた言葉に、軽く首を傾げて問い返す。にやにやと締りのない表情は、恐らく己を試しているのだとわかってはいたのだが、其処で安易に乗ってやる道理もない。それにこのくらいは想定の範囲内でもあるだろう、彼にとっては。
その手腕自体は認めている。
「あんたはどこまでそれを自分のものだと言い切れるかって話だ」
「心外だな。私の行ったことは全て、私に還元されると思っているよ」
「どうだかなぁ」
クロスベル総督を示す白の衣装を身に纏い、全面を防弾ガラスに覆われたその窓から下界を見下ろした。人ひとりひとりがその目に正しく映るでもない、しかし認識できない程の高さでもない。
「きっと、今にあんたも手に負えない生き物ができるぜ」
そいつはいつも、空から突然降ってきたりはしない。自分の足で歩いてきた途中で、足を滑らせたまま帰ってこないのだ。
Date: 2014/12/18(木) No.36
(お題頂いたもの。計算高いひとたち)
■漂白のひと(マキアスとクロウ)
参考書を幾つも机の上で開いたまま、少しの間夢を見ていた。薄青色の空に流れる真白の雲のその下を、見知った顔と歩いている、夢。くすんだところひとつない銀の髪に見慣れた白いバンダナを巻いて、紅い眼を眠そうに細めながら一伸び、予測通り欠伸をして、そうだ、アイスでも食いにいこうぜと気の抜けた言い方で声をかけてきて。何言ってるんですか先輩、明日の追試、留年かかってるんでしょう、勉強付き合いますからアイスはその後ですなんて、違和感はあってもそれを正しく認識はできないままに。
ああそうだった、もういっそお前たちと一緒にもう1年過ごすのもいいな、それもいいな。
駄目ですよ。ちゃんと、トワ会長やアンゼリカ先輩やジョルジュ先輩たちと、一緒に卒業してください。
何故か早まる足に、慌てて自分も速度を上げた。上げても何故か横に並び立つことはできずに首を傾げる。いつまでもいつまでも青い空の下だった。どこまでもどこまでも白い雲の流れる夢だった。前方から健やかに笑う声が聴こえた気がして、顔を上げる。目が覚めても背中すら見えない世界のことを思い出した。思い出して、夢の間だけ、泣いた。
Date: 2015/02/15(日) No.41
■めがね(クロマキ)
「あれっ」
手を伸ばして、眼鏡を置いたはずの場所を探る。硬い机の感触しか伝わらない指先に首を傾げていると、背後から、うおっなんだこれ全然見えねえ、なんて声が聴こえて盛大に顔を顰めた。
「何してるんですか先輩」
「眼鏡かけてる」
「そうじゃなくて」
「ふっ、こいつを返して欲しいか?だったら条件がある……」
演技かかった口調でやたら大仰に含み笑いをしつつ100ミラを寄越せと、何やらみみっちい条件を出されてため息を吐く。てのひらを差し出してちょいちょいと指先を動かすのがぼんやりと見えて、額を押さえた。
「ふざけてないで返してくださいよ」
「100ミラ〜〜」
「それがないとよく見えないんです。ていうか何で100ミラも持ってないんですか」
「いやあ、財布忘れてきちまって」
「はあ……とりあえず返してくださいってば」
「お前、今何も見えてない?」
「はい?」
「大丈夫、俺も今何も見えてない」
ひどく真面目な声音でそんな返事をされて、面食らったように閉口する。奇妙な時間だった。
Date: 2015/02/15(日) No.42
■ねじれの位置(アルバレア兄弟)
ハーブの花壇から毟り取られていく草があった。葉の区別もつかず、母に思わず理由を尋ねて、それは余計な分だからと言われて口ごもる。幹から不自然に伸びた枝が根本から断ち切られた。不自然であってもそこに生まれてしまったそいつを拾って、水を入れた花瓶に挿していた。数日も保たずに枝先の葉は落ちた。
冬の厳しい寒さが続き、珍しく雪も降ったある日。唐突に厩の様子が気になって、重たい外套を自分で引っ張り出し、何かにせかされるように部屋を飛び出した。使用人たちは父の命で屋敷内を忙しなく動いていて、その合間をくぐりぬけるように庭を駆け、屋敷に来てから何度も兄に導かれてやってきた厩へとたどり着く。先客が居ることに気付いた。急いでいてわからなかった。兄が居た。同じように重たそうな外套を、しかし優雅に着こなしたまま無表情で、厩の方を眺めている。中にもまた、人が居た。此処の管理をしている使用人たちだということはすぐにわかった。はっきりとは聞こえない声でひそひそと何かを話したかと思うと、外の兄に向って、よろしいですかと尋ねている。兄は無表情を少し崩して、わずかに微笑みを浮かべた後、構わない、むしろ頼んだよと、爽やかな声で返事をした。
うっすらと雪が地面を覆った次の朝、慣れない雪の上をかたいブーツの踵で踏みしめて、再びあの厩へと向かった。寒さに震えるでもなく大人しく、此方の姿を見てゆったりと首を上げた馬たちは、しかし、やはり、覚えている数よりも少なかった。少なかったのだった。
Date: 2015/02/25(水) No.43
(お題頂いたもの)
■白刃の光(リィンくんと)
閃く刃が、空飛ぶ機体をひとつ、切り裂いた。自分の手の延長として動くその全てが、自分の手の延長として裂いた感覚を教えてくれる。黒煙を上げて落下するその中から、数人が転がり出てアーツを唱える。落下の衝撃を和らげる簡易アーツだった。それでも体勢が悪ければ、恐らく足の一本は持って行かれるだろう。そのくらいの高さだった。
曇りなきあれと。しかとよく見極めよと、師から学んだことは少なくない。そう、この刀の刃のようであれ。持ち手の意思と共にそれは閃くが、しかし持ち手に愚順であることを許さぬ。刃のようであれ、しかし、刃のそのものと化す勿れ。師に教わったことは少なくない。しかし途中で修行を打ち切られてしまう程に、己は頭も固かった、らしい。
或いは、今最も己のそれは、輝いているのやもしれぬ。考えても、此処に立ち続けることを心が許さず、黒煙を上げる機体と、その周辺に投げ出された人を見て、ぎりぎりと喉が締る。
それでも自分が、自分だけなら、自分だけならまだ。
後ろめたさは募るばかりだろう。やがて穏やかに、安らかに、あの人型をした青い人形から滑り落ちた青年を思い出す。胸に空いた大きな穴には、今右手で煌く鋭い白刃が、赤黒くねっとりとした液体を纏って、突き刺さっていた。そんな光景を瞼の裏に、見ている。
Date: 2015/02/25(水) No.44
(お題頂いたもの)
■泡(クロウ)
ごぼり、と耳障りな音を立てて水面へとのぼっていく、貴重な空気の塊たちを見送った。光しか感じられない目をあきらめて閉じて、水を含んで重たくなった服ごと底へ落ちてゆく。其処へ落ちてゆけばいいと願っていた。思えば良いことひとつ、良いことだとすらいえない人生だった。後悔しているなんて言葉は出てこない、残念な自分だったと笑うことはできても、そんな自分を認めて命を懸けたものたちのために、自嘲は許されない。
それがそもそも向いてなかったのかもしれないが。何一つ選べないまま何一つ他者の所為にもできないわが身は、しかしお似合いでもあったのだろう。眠ろうと訴えかけてくる頭に従いながら微睡み、再び空気を水面を吐き出す。もう何も考えたくなかった。幼い日々に過ごした祖父とのやり取りだけを想った。ああじーさん、俺も底に、其処に行くさ。待っててくれなくても別に怒ったりもしねーよ、たぶん俺が追っかけてきたんだから。
随分遠くまで来たもんだ。
最後の空気を見送った。遠ざかる光と共に何かが瞼をなぞったような気がした。声を聴いた気がした。俺を知っているやつは居る、知っているやつは未来を生きる。何故かそれだけを一つ覚えのように繰り返したまま。
Date: 2015/02/25(水) No.45
(お題頂いたもの)