あれは、冬になる前の頃のことだった、と片倉小十郎は想起する。
度々の縁で交流を持つようになった北の一揆勢の頭である少女は、まだ齢低くありながら多感な年頃、ひとつことあるごとに喜び悲しみ怒り落ち着き、表情もぐるぐると、目が回らないかというほどによく変わった。そんな少女と話す時分、常に目線を同じ高さで揃え、話す内容まで同じ土俵の上で揃えた奥州の主・伊達政宗は、帰り道、腹心である小十郎に笑いながら、しかしそこに情けなさそうな色を含みながら次のように告げたのである。



「女ってのは、よく分からなくてこえぇな」



どう返事をすべきか、一瞬惑った。女、確かに子供といえどあの頭は女であり、また小十郎の知識の限りではあるが、平常女が女であるところの特徴や性質をあれは持ち合わせていた。それは勿論物理的なものだけを言うのではない。
実のところ、小十郎は女も子供も嫌いであった。煩わしいからだ。かと言って男が好きかと聞かれても、間違いなく首を横に振った。故に、政宗があの少女と対等に話せるのも、正直部下達と対等に渡り合えるのも、信じられない光景を見るようなものなのである。政宗は、自分より年下相手には平生よりもずっと幼く、しかし年上面で振る舞った。逆に小十郎を含む年上の前では、必要以上に背伸びをしたがった。
「女子は、気性が強くできております」
しばらくして返ってきた言葉に、政宗は首を傾げる。更に先程の付け足しとなるが、政宗は今まであまり女と接したことがない。人生の最初期に最愛を与えてくれるはずの母親に忌み嫌われた身は、女という生き物から極端に隔絶された世界で生きることを余儀なくされた。乳母であった小十郎の姉は居たが、どうも彼女は男勝りな面が強く、また身内の意識が残る為か、女であるより先にひとりの家族であった。
「恐ろしき事、又は激しく衝撃を受ける事と言いましょうか、身に降りかかったとき、自らを守ろうとする力は男よりも強う御座います」
そうか、と小さく返る。それきり政宗はその話を打ち切った。あの少女と何かしらあったのだろうか、いや、恐らく通常の会話の中で見聞きしたことのないことがあったに違いない。物は何にせよ、新たな発見があることは悪いことではない。
少なくとも、小十郎はそう思っていた。



























完全に冬ごもりに入る直前、かの風来坊が奥州にやってきた。前田慶次だ。
雪に振り込められて情けない姿に成りながら現れ、春になるまで居座るなどと言い出したのである。
小十郎は、政宗が気付く前に追い返してしまいたかったのだが、丁度その日から奥州は吹雪となり、流石の小十郎もそんな中を帰れとは言えなかった。
結局政宗に報告し、慶次は冬が明けるまで米沢城に居座ることとなった。


「ていうか何でアンタはわざわざ冬にこっち来たんだ。雪が酷いことを知らなかったっつーわけじゃあねえだろ」
「そりゃあ、まぁ」
前田慶次は今までに何度もこの奥州にふらふらと“遊び”に来ている。政宗の暇つぶしで奥州観光をしたこともあれば、この雪の時期に雪合戦しよう、とそれだけの為に此処まで来たこともある。
「いろいろあるもんだろ、自由にはさ」
「あの恐い“姉ちゃん”から逃げてきたってとこか?」
「うッ…」
火鉢の前で寒そうに両の手のひらを翳していた慶次の表情が見るからに強張る。まぁそんなことだろうなと小十郎も薄々感づいてはいた。このお祭り男、本気を出せば他のどんな奴より嘘を吐くのが上手い。つまり、隠そうとしないときは大したことではない、ということだ。
ほんと!すげぇ恐いんだぞまつ姉ちゃん!と必死に説明し出した慶次の隣で政宗がけらけら笑う。あんなんで、こんなんで、と逐一身振り手振りを含めて語るその様を横目に、小十郎は茶を淹れた。



「女ってのは、男より気が強くできてるってな」
ふと、小十郎の耳にその言葉が飛び込んできた。政宗の声が、そう聞いたんだ、という色を含んで口より発せられた。
「そりゃあそうだよ!」
それに同調したように両手をぱしっと叩いて、明るく慶次の声が響く。話しているうちに、すっかりいつもの軽い調子を取り戻したらしいそれは、何故だか酷く楽しげに言い放った。









「何せ子供を産むんだ。自分の体から別の人間を産み出すんだぞ!強くなきゃあできるわけがない」









想像してご覧、と慶次が促す。政宗は一度全思考をそちらに回したかのように動きを止めて視線を宙に泳がせた。そして隻眼を少し細め、黙り込んだ。
唇をきつく結んでいるその様に、どうかした?と慶次が不思議そうに尋ねる。政宗の顔色が少し悪いことに気付いたからだ。目の前で手のひらを振りかざしたり、または肩を叩いたりして何らかの反応を求めるも、微動だにしない。これには小十郎も不審に思われた。茶を早々に別の奴に押し付けて、政宗の御前に慶次と同じようにしゃがみこむ。
その直後、小さな呻き声と共に、政宗は嘔吐した。











屋敷内は騒然とした。当然といえばそうであろうか、不思議と落ち着いた気持ちで小十郎は考えていた。前田慶次も、直接的な原因ではなかったが、この男にしては珍しく丁寧に謝った。しかし小十郎やほかの誰も、ましてや政宗本人すら予想だにしなかった展開だ。小十郎はこれといって慶次を責め立てるようなことはしなかった。
「人間がな、」
一頻り吐き出して胃の中が空になったらしい政宗は、そのまま自然と眠りにつく。
「他人の人間の体の中から出てくるんだ」
その光景を、その事実を、尊いと唄える女はやはり強い生き物だろう。
体の中に違う人間を宿す感覚がどれほどのものかを、小十郎が知る術はない。勿論、慶次も、政宗も。
夜の帳が降り切り人の寝静まる前に、一度目を覚ました政宗は、久しぶりにひとつ恐ろしいことを知ったと、静かに小十郎に語った。前田慶次は既に客間で眠っており、その場にはいなかった。結局一日中吹き続けた雪は、著しく外気を冷やして人の気配を完全に奪い尽くす。



俺も、そうやって生まれてきたという、恐怖。










充分に眠ったお陰で瞼の下りないらしい政宗が、女はこえぇ、と言ったときと同じように、情けなさそうに笑った。小十郎は何も言わない。想像の範囲ではあるが、体の中から別の体が出てくる姿に戦慄が走った。小十郎の胸の重たいところに冷たい風が吹き付ける。












後に記憶していることは、続く朝に、何事もなかったかのようにけろりとしていた慶次と政宗の姿。随分ましになったとは言えど、まだ強く降り込める雪を眺めながらあれだのなんだの議論し合う。幾分目覚めきらないような感覚でその様子を見ていた小十郎は、数刻もした後、急に鳥肌が立ってきた。
小十郎は今でも首を傾げる。女の強さを、理屈で説明できても信じがたいことには何ら変わりなく。それ以来小十郎は、女について尋ねられても決して答えを紡ごうとはしなかった。









ひとの子ら



書いているうちに論点がずれていったのは言うまでもありません。
女の人は子供を産むために精神が強くできているといいます。
ならばそれほどの覚悟のいる子供を産むという行為って
どれほどのものかという純粋な疑問です。

政宗は駄目そうなイメージがある。
他はちょっと考察中。