歩道橋の上でスキップした。昼間も昼間の真っ昼間で、眩しいほど晴れた空模様のわりに人も居なかったから、ついつい調子に乗ってしまった。すれ違った少し年下らしい女の子に不思議そうな目で見られたから、ちょっとはにかんで頭を掻いた。
仕事がはやく終わったのがそもそものはじまりで、久しぶりに自分の巣できちんと晩飯が食えるかもしれないと喜んだ。同居人たるヒイロは何でもそつなくこなす優秀な奴で、当然家事も手慣れたものだが、他人に対する配慮が大いに欠けている。ヒイロが帰りの遅いデュオの為に食事を用意しているなど、有り得ないにも程があった。何度言っても自分の分以上に作る気配がないのでそろそろデュオも諦めかけているが、なんというか、なんというかなんだか。
帰る場所も仏頂面ながら迎えてくれる人も居るのになぁ。
なんだか少し、さびしい気分になるからやっぱりつらい。
帰り道の途中には立派なスーパーもあるが、敢えて寄り道して市場に入る。まだ昼間だし、何よりデュオは市場が好きだった。店の人と直接あれこれ要らない話をするのが楽しかった。そのやり取りの末に、腕いっぱい物を抱えることになるのが楽しかった。その楽しさをヒイロは理解できないという。
別に理解されなくてもいいが、やっぱりさびしくて、つらい。
けれども上機嫌で歩道橋を渡りきった。階段を一段飛ばしで下りれば、抱えた紙袋の中身も跳ねる。
そういえば一度、ヒイロの前でもこんな風に子供じみたことをした。楽勝の筈だったのに残り五段で滑り落ちた。いってぇ、と大声をあげたデュオを、八段上の高さからヒイロが見下ろしていた。いつもどおりの無表情だった。
歩道橋の先には、ヒイロが通う学校がある。仕事場からは回り道、市場から近道になる通りだった。軽い足取りで向かえば、校舎周りの柵に人だかりができていた。殆どが女子だが通りすがりの男子が時折ちらほら、土が剥き出しのグラウンドに視線を向けてなにやら騒いでいる。サッカーか何かの試合らしかった。
(あ、)
ヒイロだ、と、思わず口にした。勿論ちいさな独り言で、誰も気にしていない聞いてないから何の支障もない。グラウンドの中央に立っているのが見えた。距離もあって他にもたくさん同じ格好をした人が居てもしっかり見分けられたのは、自分が見慣れたというよりヒイロが目立つ人間なのだろう。いや、“目立つ”と言うのは少々相応しくない。どちらかと言えば“浮いてる”だ。
(サッカーなんてしちゃってまぁ)
ヒイロは確か飛び級をしているので、今は大学の講義を受けている身の筈で、見たところあれは、体育の授業だかなんだかのようなのだが。体を動かす機会なんて、プリベンターの不定期任務を請けてれば頻繁にあるだろうに、律儀な奴だなぁと、柵に群がる女子に紛れて様子を窺っていた。
はじめこそヒイロがまともに学園生活なんてと思ったが、すぐにそんなに心配しなくてもよさそうだということにデュオも気がついた。何だかんだとやはりあの戦争…引いては、あのリリーナ・ピースクラフトとの交流は、彼に良い意味で変化と柔軟性をもたらした。デュオにしてみればまだまだというところだが、それでも同年代の人間との付き合いにストレスを生まない程度の受け答えができるようになっただけ素晴らしい進歩に違いない。家でも学校の友人とメールのやり取り(恐らくゼミか何かの内容だろう)を行っているのを目撃して、密かにデュオは喜んでいた。
今も、ヒイロは真面目な顔して運動に取り組んでいる。
「……」
騒がしい女子たちは、あの爽やかに汗を流しているサッカー少年たちに黄色い歓声をあげているのだろうか。だったらヒイロもその対象に混じっているのだろう、ましてやあいつは見目も麗しく“浮いて”みえるものだから、尚更。
デュオは紙袋を抱えたまま、柵にできるだけ顔を近づけて、ヒイロを視界の真ん中に置いた。すぅ、と大袈裟に息を吸い込む。
「ヒーイローーーー!!!がーーーんばれよーーーーッ!!!!」
声量にはそれなりに自信があったが、流石にこの距離で聴こえたかは謎だった。隣に居た女子の塊が一斉にこちらを向いてきょとんとしている。そのまま柵沿いに道を歩いて、家に帰った、足取りは重かった、何にそんな感傷的になっているのかはわからなかったが、自分はたださびしいだけだったのかもしれなかった。
今日は、ちょっと頑張ってうまいものを作って待っていてやろうと思う。今日は良い日だった。今日は良い日だったから、ひとり浮かれた気分で居ることを許してほしい。扉の裏でこっそり目元を手の甲で擦りながら、デュオは笑った。ひとりで笑った。
039 それぞれの道