お前は地に足が着いていない。いつもの無表情からすこしだけ機嫌のわるさを滲ませて彼は言った。それ以上の説明をつけないで投げっぱなしにするのは、彼らしいわるい癖だった。カトルは笑って返すことしかしらない。
「宇宙でうまれたんだ。うまれたときから、両足は地面から離れているよ」
だから下も上もない、くるりと体を回転させてみれば、左右だって入れ替わる。もし混沌という概念をなにかに喩えるなら、きっとこの宇宙がもっともふさわしい。
けれどもこの宇宙はどこまでも澄み切って美しい。
彼と、ヒイロとこの日話をしたのは、なんてことはない、リリーナがコロニーに会議目的で来るというから、きっとこっそり彼もいるんだろうなぁと少し罠を張って捕まえさせてもらったというだけだ。丁重にもてなしたのにお気に召さなかったらしく、体重をかけて座れば深く沈みこむソファーに腰掛けながらも目の前に出された紅茶と菓子類には全く手をつけない。
まぁ仕方がないか。
「警戒しなくたって、毒なんていれないよ」
わかっているでしょう?と微笑んでみせたがそんなことで靡くような可愛い生き物でもなかった、ヒイロは。
「何の用だ」
「なにって、久しぶりだから話がしたいと思って」
「何の話だ」
「近況とか、君が今どんな暮らしをしているのかとか」
いかにも時間の無駄だというように目を細められる。
「あ、くだらないって思ったんでしょう」
でも大事なことなんだよ。
両手でしっかり紅茶のカップを持って口元に近づける。いい香りがした。地球うまれの茶葉だったなそういえばと頭の片隅で思い出す。
仲間、友達、という言葉で、カトル達元ガンダムパイロット5人の関係を言い表すのは、本当は妥当なものではないのだろう。だがしかし、なら他にどんな言葉でなら自分たちを言い表せるのかとカトルは思う。
決して心を通じ合わせていることはなく、お互いを気にかけるというそぶりもない。理解はできても納得のいかないことはたくさんある。それでもカトルは、仲間だという他に、友達だという他に言葉を紡げない。そして仲間だから、友達だから、ふとこの途方もなく暗くて広い宇宙の中に、姿を探してしまうのだ。未熟な心だった。しかし胸よりも深いところに突き刺さる杭のようなそれが、その行為こそカトルがすべきことなのだと抗えない悲鳴をあげている。だから躊躇はないに等しい。
「ヒイロは、」
透明なガラスの向こう側に見えるコロニーの街並みを見下ろしながら、カトルは静かに口を開いた。
「宙のなかで死にたいと思ったこと、ある?」
不吉な質問の答えはあっさり帰ってきた。
「ない」
「即答なんだね」
「死に場所は、」
火薬の硝煙に巻かれても、曇らない濁らない綺麗な目が、向かいのカトルの方を向いた。
「常に己の立っているところにしかない」
「そうだね」
軽く肯定しながら、カトルは菓子をひとつつまんだ。目の細かいクッキーだった。綺麗な四角の形のそれを摘むゆびに力を込めれば、容易く割れた、粉が皿の上に降り注いだ、指にまとわりついた、そのまま、割れた上はんぶんは皿の上に音を立てて落ちて、角が削れた。
「僕はね、何度も思ったことがあるよ」
「………」
「綺麗なままで亡くなりたいって」
「……」
「僕が宙のなかで死んだら、君は探してくれるかな」
「そんな面倒なことはしない」
「僕は探すよ、君が宙で死んだら。いいや君だけじゃない、デュオでも、トロワでも、五飛でも、君たちがこの中で亡くなったら」
珍しいくらい大きな音をたてて、ヒイロはソファーから立ち上がった。
「お前は地に足が着いていない」
途方もなく暗くて、途方もなく広い。生まれたときから上下も左右もないそんな場所で育ったのは皆同じだろうに、苛立ったような低い声でヒイロは言い放った。夢物語のように聴こえたのだろうか。それとも、自殺志願者の戯言のように聴こえたのだろうか。別にどのように聴かれても、カトルは一向に構わなかった。
「宇宙でうまれたんだ。うまれたときから、両足は地面から離れているよ」
そしてそのままの状態で亡くなりたい。それが一番綺麗でいられる方法だから。もっとも心地の良い場所を漂うまでに、どれだけ穢れて、どれだけ醜くなって、どれだけそれをかなしくおもっても。もう自分には贖うだけの運命などないに違いない。
「ねえヒイロ、ここからだけでも見える命はどれも尊くて綺麗なんだ。僕は、」
一度、唾を飲み込んだのは、はっきりとした声を出すためだった。
「僕は、」
宙の藻屑
ブログより再掲。
カトル様がすごくすきです。
間違ってもトロワとかデュオとか五飛相手にはしない話なんだと思う。ヒイロだからする。同意がほしいとかじゃなくって、馬鹿野郎!も、そうか、もない相手だというのがきっとだいじ。
…わりとね、1と4の組み合わせは夢があると、おもうんですよ…)