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好きな食べ物は何ですか?趣味は何ですか?得意なことは何ですか?心が落ち着く瞬間はありますか?思い入れのある記憶はありますか?
敵意こそ向けなかったものの、目の前で通り過ぎる全てに無関心でいたトロワに、屈託のない優しさと穏やかさで接したカトルが、はじめに尋ねた事柄がそれらだった。出された紅茶を一口も飲まず、殆ど言葉を発することもなく、最後に言われるまで名前も教えなかった自分に。警戒心を解こうとしたのだろうか、だが尋ねてくるカトルの目にそう言った打算的な色は少しも映らなかった。まるでそう訊くのが当然なのだというように、自然で、むしろ少年らしい好奇心すら見せてトロワに微笑みかけてきた。
答える義理はなかった。その時のトロワとカトルは、ガンダムのパイロットという共通点はあれども、赤の他人に他ならなかった。だからあの時沈黙という回答を選んだ自分は何も間違っていなかったはずだ。そう思うのに、今になってトロワはその答えを打ち出そうと思考を巡らせている。
周囲四方田んぼや畑ばかりが目につく、舗装もされていない道を運転していた。剥き出しの地面に転がる石と擦れてタイヤが擦りきれていく。かなり上下に揺さぶられ乗り心地はすこぶる悪かったが、隣のヒイロは全く気にした様子もなく腕組みをして瞼を下ろしていた。その様子を横目で少し観察しながら、トロワも黙って悪路を進んだ。
ヒイロの慰問の旅に付き合うのは、決して楽なことではなかった。今では自分達ぐらいの子供が大型のトラックを運転しているなんてこと、珍しくもない光景だとしてもその積み荷の大きさは異常であったし、素性は割れてないといえどトロワたちを怪しむ人間は数多い。それをいかにかわして行くか、否、むしろ怪しまれてもいかに人々の記憶から消え去るか、都合のいいことに人間は、あまりに短期間の出来事ならすぐに忘れてしまうような生き物だから、ヒイロとトロワの行動は迅速であることが求められていた。
あまり長い間一所に止まって居られないため、勿論行く先々の街で過ごす時間も短くなる。せっかく体を横にできる空間に身を運んでも、次の日にはさっさと出発の繰り返しで、端から見れば忙しない毎日を送っていた。しかしトロワは、いや恐らくヒイロも、内面はひどく穏やかに感じていた。穏やか、というのは決して、今の自分達の立場や世界の現状において、落ち着いた気分でいるというのではない。言うなれば、戦闘で命のやり取りをしている最中のような緊迫感、他に何も考えられない状態、それとは逆。どう表現すればいいか甚だ困ったものだが、つまり、余計なことばかりが頭を飛来するような心理状況だったということである。
車内でも、音を潜めて公共放送を流していた。OZと連合の戦火は各地で展開されており、迂闊に動けば巻き込まれてしまう。無論、巻き込まれて死ぬ気などないが、ヒイロの左腕がまだ完治していないことを考えて、出来る限り強行突破は避けていきたいところであった。
「南に迂回するルートを取る。明日中には次の目的地に着くだろう。それで構わないな?」
「ああ」
放送を聞きながら地図を見て、戦場を大きく避ける道を指し示す。ヒイロはそれをちらりと見ただけで容易く了承した。馴れ馴れしい態度こそないものの、この長旅でヒイロは大分トロワに気を許すようになっている。今のも、よく見なかった訳ではないだろうが、トロワの出した結論を信頼してくれたのだろう。
「今日は此処で休憩だ」
残念ながらベッドは明日までお預けだ。目立たないようにエンジンも落とす。夜は肌寒いが、ガソリン代もこれで浮かすために毛布を後ろの荷物から引っ張り出した。その一連をヒイロは黙って見守っていた。
ヒイロとの会話は少ない。
無駄口を叩かないのは彼が徹底したテロリストだからだ。悪いことはない。トロワも同じくらい口数が少ないからお互い様だろう。しかしそれも相俟ってか、思考が普段の二倍も三倍も膨らんでしまっていた。余計なことばかりを考えている。たとえば?たとえば、そう、ほんのすこしの間だけ共に行動をして、ほんのすこし言葉を交わしただけの、カトルと名乗ったパイロットが自分に与えた五つの質問とか。
隣のヒイロが身動ぎした。コックピット慣れしているとはいえ、座席に座ったままでは寝苦しいのだろう。それはトロワも同じだったのだが、ヒイロは恐らくトロワよりも神経質だ。普段は任務遂行のためにそんな素振りを見せることは微塵もないが、そう、今は。
余計なことばかり考える。
「ヒイロ」
しんと静まり返った暗闇の中で、その声は思いの外大きく響いた気がした。毛布の擦れる音がする。今日は月明かりもないからよく見えないが、ヒイロがこちらに身を捩ったようだった。
「なんだ」
「…………」
しかし再び静寂を引き戻す。きっとこの沈黙が、くだらないことに頭を回す切欠だろうから、だから逸らしてやろうと、たぶんトロワはそう思っていた。だがいざとなると、さてヒイロと何を話せば良いものか皆目見当がつかない。ヒイロから何かを話しだすことは無いに等しい、ヒイロはそういうやつだ。そんな風に気付くことばかり蓄積して、それをうまく処理する術を自分はまったく持ち合わせていない。
何を欲しがっているのかを察するのは何時だって容易くて、それを差し出すことに躊躇いなどなかった。それは偽善でも義理立てでもないし、見返りを求めた行動でもない。いわばひとつの性だったのかもしれない。けれども自分は何も持っていないから、いつも空っぽの両腕を広げて俯いて見せるだけで。
「…ヒイロ」
「なんだ」
「……好きな食べ物は、何だ」
「え、」
ヒイロが一瞬、大いに戸惑ったのが痛いほど伝わってきた。声にしてからトロワも、しまった、と思った。まるで自分が処理しきれないことを他人に押し付けてしまったような気分の悪さだ。
「…気を遣っているのか」
だがヒイロの戸惑いは本当に一瞬だった。次に発せられた彼の声はひどく冷静で、少し混乱の淵に立ったトロワをずるずると引き戻してくれた。
「いや…わからない」
「なら何だその質問は」
「カトルが、俺に与えた宿題だ」
「宿題?」
「ああ」
答えながら、あの現状に不似合いだった緩やかな時間を思い返す。例え目的を同じとした者であっても、自分は容易く他人を信用するタイプではなかったはずだった。けれども何となく、それこそ何時もの無駄な感覚が、目敏く見付けて拾おうとするものだから。信頼することからはじめようとする、愚かな優しさを。
「俺は答えられなかったが、お前はどうだ」
ヒイロはしばらく押し黙っていた。唐突で、それも発言者であるトロワにすら意図が理解困難な話だ。反応してくれとはトロワも願ってはいなかった。ヒイロの心中を覗くことはできないが、この時間を紛らわせることができればそれでいいと、そう考えることに決めた。
「…思い付かない」
「そうか…」
「だが、無い、ということはないはずだ」
再びヒイロが暗闇の中で身動ぎする。
「トロワ、もう寝ろ。運転手のお前が休まなくてどうする」
誰かの為なんて高尚なことを、考えられるような頭なんて持っていない。もし持ち合わせてなど居たら、今まで生き残ることはなかっただろう。だから素直な好意で差し出された手を握り返す方法に頭を巡らす必要はない。
でもカトルが返事を待っているんだ、と。思っている自分は愚かだろうか。生きているのか死んでいるのかもわからない相手が、何処で待っているかも当然わからないというのに。そしてもし、そうもしも機会が訪れたときは、カトルの前に立つ自分が少し胸を張れるものであれば。
好きな食べ物は何だろう。何をするのが好きだろう。自分が自慢に思える部分はどこだろう。溜め息がつけるような心は何時手に入っただろう。いったいどんな風にここまでやってきただろう。ヒイロ、お前はどうだ?宿題の提出期限に俺は間に合うだろうか?
トロワは静かに瞼を下ろす。疲れきった肩から、ふっ、と力を抜くと、隣から微かな寝息が聞こえてきたようで、少しだけ機嫌を良くして眠った。
回答権限
文章力不足すぎて何がいいたのかさっぱりになってしまった
43で12で313ならいいなぁと思いながら書いていたのでほんのりそんな感じですがカプなし。