珍しいものを見た。買い出しに出ていたときだ。プリベンターの仕事は多忙を極めるため、執務室には常に一定量の食料を溜め込んでいる。それは主に手軽なインスタント食品や固形食であったりするわけだが、自ら衛生管理を買って出ているサリィ・ポゥは、元軍医だ。そんな栄養の偏る食品ばかりを許すはずもなく、どんなに手が離せない状況でもきちんと食事はとるようにと厳しく言い付けている。よって各々の部署に備え付けられた冷蔵庫は、その部署の中で決められた当番のものが管理し、調達することとなっていた。

サリィは自身の担当部署を当たり前のように管理している。だからこうして買い出しに赴くことも別に珍しいことではなかった。ただいつもと違ったのは、一緒に五飛が居ることであった。

「どうして俺が」
勿論、連れ出したのはサリィだ。朝からてきぱきと事務処理をこなしていた五飛を、荷物持ちに任命したのだった。当然のように五飛は拒否したが、
「ここしばらくデスクワークが続いたものね。体、動かしたいんじゃなくて?」
と、半ば強引に部屋から引きずり出してきた。





五飛は真面目で勤勉だ。まだ十代にも関わらず、将来ワーカホリックになりそうな予感がした。少々頑固で、なかなか人の意見を採用しようとしないところもその見解を助長させている。そのくせ妙に繊細だからストレスを溜めやすい。元医者ゆえに、こういうことには敏感だった。だからときどきこうしてガス抜きをさせたり、鍛錬の時間を設けさせたりする。そんな配慮は別に五飛相手に限ったことではない。





人も疎らなスーパーマーケットへと足を運ぶ。手際よく必要なものをカートに乗せた買い物籠の中に放り込んでいくサリィの後ろを、不機嫌そうながらも黙って五飛はついてきていた。まだ背も伸びきらない彼も、こうして居れば十代、それもまだまだ少年に違いない。そう思って反対にサリィは少し機嫌を良くし、籠の中にこっそりプリンを忍ばせた。勿論、その分の代金は自分で支払うつもりだが。

「おい、そんなに買うのか」
カートの下にも買い物籠を追加すると、眉間に皺を寄せて思わず五飛が口を開く。
「たくさん買うから、貴方に荷物持ちを頼んだのよ?」
「そんなにあの冷蔵庫には入らんだろう」
「実は隣の部署の分も引き受けてね」
五飛の表情がさらに険しくなった。
「ほら、あそこ男の子ばかりでしょう?もう全然管理がなってなくて」
むしろ役員のケアを担当する部署、なんてものを作ってもいいかもしれない。今度レディ・アンに掛け合ってみようかしらと考えながら、下の籠にも容赦なく商品を放り込む。







薄くても丈夫なスーパーの袋を、サリィはふたつ、五飛はみっつ引っ提げながら、ようやくふたりは帰途についた。このまま本部へ戻ればすっかり一時間ほどこの買い出しに使ったことになる。サリィとしては実に普通のことだが、斜め前を歩く五飛は割りに合わないと言い出しそうだ。


ふと、余所見もせずすたすたと歩いていた五飛の足が止まった。思わずサリィもひたりと止める。芳しい、甘い匂いが漂ってきた。ふたりの右手側には、ケーキ屋があった。最近出来た店なのだろう、この道をよく使うサリィですら知らない店で、そんなに大きな店舗でないが内装はなかなかに華やかだ。女の子が好きそうな空間だろう。ガラス越しによく見ると、店内でも食べられるように小さなテーブルが幾つか置いてあり、今も数人の客が楽しそうにケーキを口にしている。

その様子を見ていたのか、それともケースの中に並べられた多様なケーキ達を眺めていたのか、五飛は少しの間足を止めてそちらに視線を向けていた。

「五飛、甘いものは好きかしら?」
サリィも興味深げにその店を見ながら、五飛に声をかけてみる。
「好きではない」
答えは直ぐに、また簡潔な形で返ってきた。ふいと五飛はそこから目を逸らして再びさっさと歩き始める。サリィも後に続いた。
「私は好きよ」
先ほどこっそり買い物籠に忍ばせたプリンを思い出して、そう言う。
「女はすぐに甘いものを欲しがる」
「あら、男の子でも好きな子は珍しくないわ」
「俺は好かん」
強い口調できっぱりと言われ、サリィはむしろくすくすと笑った。五飛は少し振り返って彼女をきっと睨み付けたが、それなりの付き合いだ、そうしたところで彼女には効果がないことは学習済みなのだろう、すぐにため息を吐いてやめた。代わりに、何処か遠いところを見るように視線をあげて、僅かに目を細めた。
「…だが、あいつは好きだったかもしれん」










「今度一緒に食べましょうか」
冷蔵庫の中を整理しながら、買ってきたものを丁寧にしかし手早く詰める。荷物を置いたらさっさと自分の仕事に戻ってしまった五飛の背中に、サリィは思いつきで言ってみた。
「要らん」
「ケーキだって、そんなに甘ったるしいものばかりじゃないのよ。貴方の気に入るものだってあるわ」
「要らん」
「そう言わずに」
いつがいいかしら、と尋ねれば、五飛の腕が少し止まる。考えているのかもしれなかった。サリィは、彼が毎年ひとりで、殆ど一日中瞑想をする時間を設ける日があることを知っている。それが何の日なのかは知らない。訊いても五飛は答えないだろうし、訊かない方が良いだろうとも思っていたから。
「貴方の誕生日でもいいわよ」
「いや…」

五飛は静かに首を横に振る。脳裏に描いたものは、今はもう誰とも共有できない、懐かしい故郷の姿とそこに居た人々だった。









贈り物と称して



買い出しいった帰りになぜか頭の中をよぎった映像から構築。
実は五飛と妹蘭がすごくすきです。かわいい。