街頭のモニターに映し出されたリリーナ・ドーリアンの姿は、相も変わらず美しかった。若き外務次官はその手腕だけでなく、まさしくクイーン…年齢からすればまだプリンセスの域を出ないのであるが…嘗てのその名に相応しく、真っ直ぐで高潔な気高さを全身で示している。退屈な会議の展開を若く美しいリリーナに焦点を合わして流す、あざとい昼時のニュース映像を、多くの雑踏に紛れながらヒイロはひとり黙って見上げていた。人の声が、四方から耳を通り過ぎていく。


彼女を評価しようとする平凡で陳腐な言葉が、自分と同じように見上げる人々の口から発せられるのを聞くのは好きじゃなかった。常人なら気が付かないほど僅かに眉をひそめて、再び雑踏の中を歩き出す。














小さな路地に入れば、未だそこは戦争の残滓にすがる影散らばる空間だった。解体された軍部から追い出され職を求める元軍人。横目に立ち去る自分も元は戦士だ、同情をする気はない、差し伸べる手など持ち合わせてはいない。この薄暗い場所も、今のヒイロにとってただのマンションまでの帰り道に過ぎなかった。



薄暗い足下に何かが転がっていたらしい。ガツン、と硬質な音が響いたと思うと、更に続けてカシャンと金属の落ちる音がした。無視をしても良かったが、残念ながらそれはヒイロの進行方向に立ち塞がっていた。ラジオだった。古い型らしく、背面のふたが開いて電池が飛び出しているのが見える。

身を屈めて拾い上げ、背面のふたをカチリと閉めてみた。電源を入れると砂嵐の音が聴こえた、まだ使えるらしい。適当にチューナーを合わせれば、今でも細々と続いているこの地域の小さな放送局の電波を受信した。世間の情勢に構いなく、ラジオの中では少し古い時代の音楽が絶え間なく流されている。



それ、おれのだ。足下から声がした。男が転がっていた。見るからにみすぼらしい格好で、寒そうにぼろぼろの外套の端を震える手で押さえていた。そうか、すまなかったなと眼前に突き出したが、男は手にも取らず、虚ろな目でヒイロを見つめた。

「あんた、外務次官の近くに居たの、見たことあるぜ」
ヒイロは冷たい目で見返してやった。
「だからどうした」
「べつに。どうもしねぇよ、寒くて動けやしないし。ちったぁまともに手ぐらい動かせたらよ、その脳天ぶち抜けたかもしんねーのに」

情けねぇ、と僅かに喉を揺らすその物言いに、ヒイロはある男を思い出して、すぐに掻き消した。不愉快な気分になりそうだったからだ。男はもうすぐ息絶えようとしている。それなりの気持ちで見送ってやった方がきっと良い。





しばらくはラジオの音だけがその場を支配した。地球の冬は容赦がなかった。雪こそ降らないものの、長時間外気に晒された体が氷のように冷たくなっているであろうことは推測がつく。ヒイロはラジオを男の耳に近い場所へ下ろした。流れている音楽は、ヒイロにも聞き覚えのある、戦時下でも流れ続けていた有名な曲だった。男の目は虚ろなままであったが、脳裏に描いていたのはきっと操縦桿を握った先に見える砂煙。



そう、その震えの止まらない腕が持ち上げられたなら。もしくは腐りかけた足が地面を踏み締められたなら。男はリリーナ・ドーリアンに、延いてはこの自分に、鉛弾を撃ち込んだのだろう。そうしたら自分は、躊躇いなくこの男に銃を向けただろうか。仮定の話は無意味だから、しないことにした。今自分はこの憐れな男を看取ろうとしている。事実はただそれだけだ。








ラジオの電池が渇れた頃に、ヒイロは再びこの路地を、マンションに向けて歩き出した。耳に残るリリーナへの賛辞と怨恨が腹の底を重くする。賛辞に喜べないのは、リリーナを非難しているからではない。怨恨に目を閉じるのは、相手に同情心があるからではない。



この感情は嫉妬に似ている。

やがてまた雑踏の中に身を投じて、今日も不特定多数に紛れながら知りもしなかった感覚に顔をしかめた。









人海の澱み



リリーナ様がすきすぎて汚せないヒイロさんがすきです。しかし何がかきたいんだかさっぱりなはなしである。