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数日前、
商店街の中にひとつ、場違いのように並んでいる”カラクリ店”(勝手にそう呼ばれているだけで本当は廃品売り場)で、お互い片方の光を失った男がふたり。
左目に包帯をした男は、くすんだ色の作業着を着てスパナを片手に目の前にある”カラクリ”をいじくっている。右目に黒眼帯をした男は、制服に身を包み、通学鞄を片手に店の前で立ち止まった。
「よう、政宗じゃねぇか。久しぶりだな」
「長曾我部か?驚いたぜ、こんなとこで何やってんだ?」
長曾我部元親と、伊達政宗だ。
店の硬い椅子に腰掛けて、元親は先ほどの大きなカラクリではなく、小さなブリキの玩具をいじくる。向かい合うように政宗も椅子に腰掛ける。楽しいのかそれ、という眼を元親に向けながら自身は硬い作業机に肘を乗っけてだらしなく振舞う。
「・・・そうか、今度大会か・・・この街はあの剣道場で有名になったところあるからな・・・」
「道場主の”お館様”が熱心だからなァ。でもそれだけ優秀な人材がそろってる」
自分の道場を持ち上げて話す政宗だが、その言葉に全く自慢げな様子は入っていなかった。
心にもないことを、べらべらと並び立てているように元親は感じる。
「・・・それなら今の時間帯、おめー練習時間なんじゃないか?」
「・・・・・。」
図星を突かれた、という顔をする。
政宗は存外、素直でわかりやすい。
「こんなとこにいていいのか」
顎をしゃくって、政宗の右足を示した。
「・・・・俺の従兄弟が、ほんの数日前にこっそり会いにきた」
俺と1歳違いで、もう高校生なのに落ち着きがなく、まだまだ餓鬼臭さの残る、俺よりも図体でかくて背も高い。
ブリキの玩具を丁寧に分解しだした元親は、おう、と相槌を入れる。
「ほんっとうに久しぶりでな。遊び相手をやっと見つけたとでもいうように騒いで喚いて。
俺に飛び掛ってくるわ、小十郎に蹴りを入れるわ、つれてきた綱元をキレさせるわで」
・・・・そう、あまりに興奮しすぎていて注意力散漫になっていたのだろう。
勢いで道路に躍り出た彼は、近づくトラックの影に気付かなかった。
一番はじめに気付いた政宗は、しげざね、と、いつもはふざけて、なるみ、とか呼ぶのにそのときはちゃんと名前で叫んで、従兄弟に向かって走った。
政宗様、と小十郎の声が聞こえたと思ったときには咄嗟に成実を守るように自分の体で覆い隠して、(成実の方が体は大きいので、実際には無理ではあったのだが)トラックの衝撃から庇った。
トラックは、完全に衝突は起こさずに止まった。
ただひとつ、政宗の右足以外には。
「それでその様か」
妙に映える制服のしたの包帯を見て、元親が言う。
「折れてはねぇらしい。ただ、ヒビが入ってるらしくてな。激しい運動や、自転車漕ぎは控えろっていうことで」
政宗は自嘲気味に笑った。
右足を上げて、椅子の上に乗せる。
「今週の日曜が大会だぜ」
何も言わず元親は政宗の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
* * *
鳥烏
雨足が強くなってきたことを、窓に打ち付ける音が示していた。
「うわー・・・テンション下がるなぁこれ・・・・」
元就の髪に丁寧に櫛を入れて切りながら、佐助がほぼ一方的に話す。元就は先ほど”幼馴染”の話をしたあとからはずっと黙っていた。不機嫌なのか、それとも機嫌がいいのか、よくわからない表情をした元就の顔を鏡を通して見た佐助は、いつものように笑った。
「ナリちゃんは、その幼馴染君と仲良かった?」
佐助の質問に、すぐには答えられなかった。
少し目を伏せて考える。
「・・・仲が良かった・・・・・わけではない」
と思っていた。
ただ学校がずっと一緒だった。高校受験のとき、元就の行く進学校を目指すとか言い出して(無理だったが)元就は勿論、周囲を驚かせたりした。
無理だ、という言葉は効果がなかった。
「遠いんだろ?」
無理だ、という言葉のあとはいつもそういって笑っていた。
まるで、何処かへ引っ張っていくように。
「・・・・・。」
佐助は綺麗に切り揃えた髪に指を入れた。
俯いた顔を目の前の鏡に向けさせる。
「・・?・・・・」
何だ、と言いたげな目を笑顔で返した。
「ナリちゃんは、」
「ナリちゃんは、綺麗だよ」
静かな店内に雨音が響く。
「明日、晴れるといいね。」
雲ひとつない朝になるといいねと器具を収めた。
* * *
閑散としたカラクリ店。
雨の音と僅かな金属音が聞こえる。
「どうすんだ」
ブリキの玩具を指先で揺らして元親は机に突っ伏している政宗に声をかける。
僅かに身をよじって反応を返す。
その様子をみて元親は柔らかく息を吐いた。
机の上のブリキの玩具を掴み、それで政宗の頭を小突く。
いっ、と微妙な悲鳴を挙げる。だがそれには構わず玩具のゼンマイを巻き始めた。
「・・・・・・・」
玩具は、ぎこちなく動き始めた。机の上を滑るように動いている。
「別に誰も責めたりしねーよ」
先ほど小突いた場所をぐしゃぐしゃと掻いてやる。
「少なくとも俺は責めたりしねぇ。
お前の賞賛する道場はどうだ?肉親を庇ったやつを責めるような奴はいるのか?」
掻き撫でる手の力に加減がなくなったところで手首を掴んでひっぺがす。
文句のひとつでも口にしてやろうと顔を見た。
元親は右手で拳をつくり、政宗の目の前まで勢いよく突き出してきた。
「万が一、いたらすぐに俺がぶん殴ってやる」
本当にしそうだ、と政宗は半分呆れを込めて声を出した。
その顔は笑っていた。