1−2


街角に、ちょこん、という擬音が似合いそうに構えられた店。表の看板には「美容室”鳥烏”」だなんてなんともネーミングセンスを問われそうな名前が恥ずかしげもなく堂々と立てられている。
「はぁ〜〜〜っ」
その店のカウンターで肘をついて大きなため息を漏らしたのは、紛れもないこの店の名前をつけた店長、猿飛佐助であった。彼は、だらしない姿勢のまま窓ガラス越しに雨を見た。
暇だ、ひっじょーっに暇だ。ついでに言うと静寂なんて大ッ嫌いだ。
こんなときは何か違うことを考えるべきだ、そうだ。





*  *  *





「お客さん、綺麗な髪してるねぇ〜いいなぁ黒髪、憧れるなぁ〜」
それは何ヶ月前だったか、確か佐助が担当していたその客以外に誰も客がいない日だった。
黒髪をしばった、という表現が適切なぐらい適当に束ねて、右目に黒い眼帯をつけたお客さん。眼帯のせいか、(そもそもこの辺で眼帯つけてる人なんていない)妙にとっつきにくい印象を受けるその客に、いっちばんはじめにぶつけた言葉がそれだった。
佐助は自分の髪と比較しながらそういってその客に笑った。
佐助の髪は赤っぽい。別にハーフでもなんでもないのだが、若干赤みがかかっていて橙色のようである。素直に、かつ自然に、美容室らしい言葉を選んで口にした佐助だったが、何故かその客は、

「・・・・・へんなやつ」
と、不思議そうにいった。


それから数日後、夕方人の少なくなったスーパーでばったりと遭遇した。
肉製品売り場だったか、肉の値段がどうとか、何のパンがどうとか、そんなことから料理の話に発展して何故か盛り上がってしまい、謎の縁ができてしまった。
さらに佐助の友人兼兄弟兼幼馴染の真田幸村が通っている剣道場にいるところも確認してしまった。

彼は伊達政宗。
本人の口からではなく、幸村の口からそう聞いた。
どうやら剣道場だけでなく、高校でのクラスも一緒だったらしい。






*  *  *






雨の音を聞きながらカウンターでうだうだしている佐助の携帯電話のバイブ音が部屋の静寂を切り裂いた。着信相手は、例の幼馴染の幸村。
「・・・・”政宗殿は来ておられぬか?明日、大会なのだが道場の方に来ておられぬのだ”・・・・」

幸村の通う剣道場は、いまや一般的な剣道とは違う、いわば戦乱で実際に使われていた剣技の道場だ。その一般的な剣道も一応身に付けてはいるが、メインはそっちではない。幸村はそこの”お館様”と呼ばれる武田信玄という師に引き取られて以来そこの道場の門下生となり、いまやトップの実力を持っている。そこに佐助が覚えていない数ヶ月前に、政宗が門入りしたのだ。

佐助はすぐに政宗の携帯電話に電話する。
つながらない。
諦めて家の方に電話を・・・と考えたが、あることに気付く。
「俺・・・あのひとの家の方の番号知らないじゃん・・・・」
盛大にため息を吐いてから、だーーー!!と思い切り叫ぶ。
店の奥から驚いたのか、才蔵(幼馴染兼店の従業員)が出てきて、何?と不機嫌そうに言われる。

かんじんなこときいてなかった!!と大声で言ったので、次はうるせぇ!!と怒鳴られた



*  *  *



街にどん、と構えられた大きな和風の「屋敷」。
雨の音にも負けず、そこから竹刀のぶつかる音がしきりに響く。

この街でも有名なこの「武田道場」で、真田幸村は汗を流しながら竹刀を振っていた。
荒々しくも見事な剣流れで一本取り、休憩に入る。
床に置かれた”熱血!”の文字が暑苦しいタオルで頭を拭いて、窓の外を見た。
「政宗殿はどうなさったのであろう・・・」
明日はこの流派系剣道場の地区大会だ。
勝てば夏に地方に出られる。この一年の成績を決める重要な大会といってもいい。
最後の調整や会議をしたいところなのだが、出場が決定している政宗がいつまでたっても来ない。
この間買ってもらったばかりの真新しい携帯電話を片手に幸村は心配そうに雨を見つめた。





*  *  *





雨の音が響く中、寝台の上に倒れこんで、伊達政宗は隻眼で雨を見つめた。
妙に殺風景な部屋の床に、綺麗に畳まれた道着と使い込まれた竹刀が置かれている。
彼にとっては優しい兄弟子の小十郎が、その床のものと、机の上のコーヒーを置いていってくれたらしい。やたらと香りが鼻につく。いつもは安心するその香りが、今は非常に腹立たしい。

寝台のシーツを無意識に握り締めながら、何もないのにただ雨を睨めつける。
今日は、土曜日。数年前から学校はナシとされたその日に、政宗は制服を着ていた。
その制服のズボンの裾から覗く足に、真白い包帯が巻かれている。

どうすればいいのだろうか。
いや、どうすればいいのかは十分にわかっているはずだ。
でもそう自問するのは、激しい罪悪感と劣等感と、不甲斐無さと、あと何か得体のしれないもの。
・・・ということにしておく。





*  *  *





鳴らない携帯電話を片手に握り締めてカウンターに突っ伏して半分寝ていた佐助は、扉を開けたら鳴るようにつけたベル音に飛び起きた。
「いらっしゃいませ〜・・・・ってあれ??」
扉の閉まる音と共に、雨音も静かになる。
「ナリちゃん?」
そしてそれを通って入ってきたのは、毛利元就その人だった。

佐助が元就と面識を持ったのは1年も前。
・・・といっても図書館で読んでいた本が一緒だった、という何とも微妙な理由だったのだが、ひとりでマンションに暮らしている割に不器用で家庭的さの欠片もない元就に、佐助はあれよこれよと世話を焼いていた。
「でもナリちゃんが髪切りに来るなんて珍しいね〜切らないんじゃないかなとかちょっと思ってた。だって会ったときから切ってないでしょ?伸ばしてるんだと思って」
何のトリートメント使ってるの?と美容師が聞きたくなるほどに綺麗な茶髪に櫛を入れて、努めて明るく、努めて明るく佐助は笑う。
「・・・・・・。」
「何かあったの?」
「・・・・幼馴染が、明日我に会いに来る」
佐助の手が一瞬止まる。それを不審に思った元就はすぐに佐助を睨んだため、また慌てて手を動かす。
一年、そんなに深いお付き合いをしたわけではないが、佐助の見ている限り元就は、非常に人付き合いが苦手でネガティブに傾いた人間だった。大学生だというが、大学の友人と居るところは見たことがない。佐助と話すときはいつも無表情で、少し表情を変えた、と思ってもいつも眉間に皺を寄せているだけ。時折普通の人と話すこともあるが、そのときは佐助に対する態度とは打って変わって非常に礼儀正しくまた笑顔を絶やさない。大学の同期の名前は、なんと誰一人覚えていなかった。唯一、無理やり佐助が政宗と会わせたので政宗のことは覚えている。

「・・・・へえ〜幼馴染。どんなひとなの?」
この”毛利元就”の幼馴染とはどんなやつなのだろう、佐助は興味を持った。
「・・・白髪の、左目を包帯で隠した、デカイ体をした子供だ」
「子供?」
「いい年をして玩具遊びに余念がない」
少し想像をして笑う。
そんな奴が元就の心を突き動かす”幼馴染”だなんて、ちょっとまだ信じられない