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「さぁ、お好きなところへ」



背後の光秀が政宗の肩を抱いて、そう促した。苦笑で返して一歩踏み出す。未知は、恐ろしくなどない。むしろ昂揚としていた。ぐるりとその空間を見渡す。一面に人、しかし確かに並ぶ見たことのあるものやないもの。閉鎖した空間にも思える。此処が持つこの不思議な雰囲気を何と表現しようか。片目に映る活気ある商店街、決してどこぞの電気街のようにチカチカと明るいわけではなく、これは、物質的な明るさではなく。












歩き始めてから少しして、政宗は不意に後ろを振り返った。政宗が止まったのを見て、光秀もほぼ同時に歩みを止める。振り返り、後ろを歩いていた光秀を隻眼でじっと凝視する政宗に、きょとんとして光秀が首を傾げる。
「・・・・本当に気付いてねぇのか」
「どうかしましたか?」
頭ひとつ分高いところにある光秀の目にしっかりと映るよう、黒い眼帯を宛がっている自身の右目を指差し、そのまま流れて光秀の足元を指差した。その政宗の指の動きをじっくりと舐め回すように追いかける。確認したが、まだ意図が汲めず首を傾げ、もう一度その動きを擬える。
そしてようやく、ああ、と納得した声をあげる。
「これはこれは、申し訳ありません」
口ではしっかり謝っているが、全く悪びれた様子もなく、むしろ楽しそうに光秀は政宗の左側に移動する。
「・・・それでも後ろなんだな」
「人の前を歩くの、嫌いなんですよ」
何故とはもう問わなかった。面倒だ。というより特に理由などないに違いない。あったとしても、自分が知ってどうなるかといえばどうもしない。



再び歩き出して、再び商店街とはこういうものかと考える。
スーパー、には何度か行ったことがある。あそこには生活に必要なものが揃っている。あそこに行けば生きていくには事足りる。ここは、そのスーパーを小分けにしたような、いや、それ以上のものがあちらこちらに点在していた。食料品は勿論、衣料品や雑貨、本、絵画展が開かれていたり楽器を売っているところまで内包されている。妙にまとまりのない、しかし何処か不思議な一貫性を持った空間。突然、ひどく魚臭いにおいが鼻をついたかと思うと、次は甘くて芳しい匂いが漂ってくる。耳を澄ませると、一方では人々が品物を選びながら笑い合うのに、一方では一言も発さず息をすることすら許されぬかのように緊張しながら、品物を吟味する人もいる。


それが何処かおかしくて、心地よかった。



「おやおや独眼竜、折角商店街に来たのに何も買わないとは」
物珍しさに、小さな子供のようにきょろきょろふらふらする政宗をからかうように光秀が髪を撫でる。それを鬱陶しそうにしながらも満更でもないと笑む政宗を見て、満足そうにくつくつと笑う。
「そういう手前こそ用があるんじゃねぇのか?」
「ええ勿論。そこですよ」
政宗の目線に合わせて指を差す。その先には、白く大きなキャンバスや、額縁や、筆、絵の具・・・・・。
・・・・どうやら、画材屋、らしかった。
「手前、絵描きだったのか?」
純粋に驚いて目を見開き、店を見つめる政宗がそう尋ねる。なお、あえて”画家”ではなく”絵描き”といった。ただただ驚いたのである。
「私、近くの芸大で洋画を教えているのですよ。ああ言ってませんでしたっけ?」
「初耳だ」
「これは失礼」
異様な、しかし興味深い生き物を観察するような視線を光秀に注ぐ。当の本人は鼻歌でも歌い出しそうに機嫌がよく、ゆっくりと画材屋へ吸い込まれていった。
後を追って入ってみた。
閑散としていて客は政宗たちしかいない。外の明るさとは大きな壁があるかのように静かだ。
店員らしきひとが、絵の具がずらりと並ぶ棚の前でひとり唸っているのが目に入った。
光秀はその隣で、店員が見えているのかいないのか、気にせず適当に絵の具を取って眺めていく。
光秀と、店員と、交互に見やりながら政宗は怪訝そうな顔をした。
唸る店員の目の前に、光秀が大量の絵の具を差し出す。店員は、はっとそれを見て我に返り、光秀のほうへ顔を向けた。
「こりゃ明智さんじゃないか。随分久しぶりだね」
「お久しぶりです。早速で悪いのですが、包んでいただけますか?」
「勿論さ」
人の良さそうな笑顔で光秀から絵の具を受け取り、レジへと向かう。その途中で、政宗と目が合った。
「おや?」
政宗から視線をそらさずに、店員は見比べるように光秀も視界にいれた。
「見ない顔だな」
「私の連れですよ。付き合ってもらっているので」
「ああ、わかった、早く包むよ」
何を納得したかはわからないが、さっさと歩いていく店員を横目に、政宗はこの画材屋に興味を抱いた。お世辞にも立派とはいえない建物、内装、店員は先ほどのがひとり、たったそれだけの画材屋だ。そこを選んだ光秀を、選ばれたこの店を、政宗は”非常に面白い対象”として捉える。そんな風に思えるようになった自分に驚いた。
「どうも」
店員の陽気なその声で思考を途切らせる。
袋を受け取った光秀が政宗に笑んでいた。頷いて返答し、ふたりで店を出る。











*  *  *






昼時、商店街は人の波のピークを迎えていた。
光秀の前を、自由に適当に歩いて商店街を眺めていた政宗の歩みが止まる。
飲食店が並ぶ一角の人だかり。
そこを、まっすぐ睨んだまま、立ち尽くした。

光秀が楽しげに政宗の左目を覗き込む。
その目は、嫌そうに細められることもなく、だが楽しそうに歪められもせず、遠回しな拒絶の色をしていた。
それは恐怖か、政宗には判断できない。確かなのは、足が動こうとしなかったということだ。
何も言うことなく、じっと、その場に茫然とする。














と、突然政宗の体が前のめりになる。
一瞬の驚きからすぐさま立ち直り、ああ、前に引っ張られたのかと判断して足を前に出す。
顔を少し上げると、右腕を掴む左手があった。
先ほどまで、政宗の左斜め後ろをぴったりと歩いていた光秀が、今は政宗の右斜め前を歩いている。歩幅の差が案外大きく、必死になって足を遠くへ伸ばす。




「人の前を歩くのは、嫌いなんじゃねぇのか」
思いついた皮肉がそれだけだった。人だかりを目前に、光秀はなんともいえない楽しそうな表情を政宗に向けて、







「独眼竜が、空を飛べるようになるのなら、そんなくだらないこだわりなんて捨てますよ」


とさも当然そうに言った。
その顔を見上げて、政宗は肩を震わせて笑った。人だかりに突入する。








「それなら俺も、つまらねぇこだわり捨てねぇとな」


光秀の言葉を受けて零れたそれは、沢山の笑い声と共に場に溶けた。









*  *  *









「今日はどうでしたか?」
家の前まで律儀に送り届け、傾いた夕日をバックに光秀が尋ねた。
政宗は少し考え、やがて答えかねたように手を差し出した。
その意は理解できなかったろうが、光秀はそれを握り締める。そしてまた楽しそうに笑う。
今日も、彼は笑い続けていた。終始仏頂面な政宗とは対照的に、いつが本当に楽しいときなのかは測れない。

しかし、政宗はその笑みに安心して、握られた手を握り返した。

































そう、彼は安心していたのだ。






















*  *  *





翌日。


「あ!伊達ちゃんおはよーーー!!」


月曜日。登校途中で、ゴミ捨て場の掃除をしている佐助に手を振られた。
”清掃当番”とかかれた札を首からさげた佐助を思い切りからかい、いつもの”今日”を始めた。


昨日の一日だけが、隔絶された時のようだと夢のように考えた。


さらに合流した幸村と学校まで歩く。
いつもは鍛錬と称して猛ダッシュをする幸村が、政宗に合わせて歩いているのを見て、政宗は思いついたようににやりとした。
突然、幸村の右腕を引っ張って走った。
おおおおううううううう!!!??と謎の奇声をあげて、始めこそ驚いた幸村だったが、「鍛錬ですな政宗殿おおお!!!」などと目を輝かせて走り始めた。
それに説明する気も失せたので面倒だとそういうことにしておいて、自らの右足の感覚を確かめる。門が、見えてきた。



「幸村」
「うむ?」
「今日は久しぶりに打ち合いしてやるよ」
「誠にございますか!!」


うおおおおおお!!!!!と朝からはた迷惑な雄叫びをあげた幸村が門をめがけて突進する。
「ならば本日の授業も、気合を入れて受けまするぞおおおおおおお!!!!」

何でだ、と突っ込むものもなく、ふたりは門に突撃した。






また一歩、空に近づく。









第三幕 閉幕



や、やっと終わったあああああ!!!
楽しかったです三幕。みったんは偉大だ。ただこの人笑ってるとこ以外の想像がつかない。
なんというか、京都とか行くと、あのアーケードの雰囲気がかきたくてウズウズして。
政宗の成長物語みたいなのですのでまぁこんな感じかなと。
二幕にもあった隔絶とか隔離とか。
ある意味此処が少し世間離れしたところのような、
そんな感覚があればなぁと思いました。
光政を本格的にかきたくなった切欠でもあります。

さて、四幕は結構色々でてきます!
でもメインはあの夫婦です。でも初顔合わせが多くなりそうです。
ちょっとした節目なのでしっかりかきたいと思います。