3−2
話が弾み、いつの間にやら昼が完全に過ぎていた。
”鳥烏”を出ると、天頂したあとの陽がもう半分近くまで傾いていた。
「shit、マズッたな。小十郎にどやされる」
生まれつきの強面が、更に険しくなるその様が安易に想像できた。
多少過保護な保護者、のように思えるが、政宗は当然だと見に染みて理解していた。よって苦笑いしかできない。
茶化すことも、大見栄を張ることも、今の彼には不可能だった。
「独眼竜が意外とお喋りで驚きましたよ」
共に”鳥烏”を出た光秀が、速足で歩く政宗の右斜め後ろから声をかける。首だけそちらに向けながら、政宗は渋い顔をした。
「右後ろに行くのやめろよ」
自身の右目を指差して促す。
これは失礼、と大して申し訳もなさそうに移動した。
「俺が、お喋りだって?」
「ええ、店長さんと一緒ならよく喋るのですか?」
「そうでもねぇよ。あっちがよく喋るから、返事を返す為に口動かすだけだ」
「なるほど」
”鳥烏”から政宗の家はそう遠くない。
さらにそこから先へ行ったところに光秀の住むマンションがある。
エレベーター付きで玄関にセキュリティのついている、最近ここら一帯にも増えてきたタイプのマンションだ。だが政宗はまだそのようなマンションの中に入ったことはない為、未知の世界だ、とぼんやり考えていた。家に近づく。
「・・・政宗様!!!!」
門前に小十郎の姿を確認した。
その顔が訝しげなのも含めてしっかりと捉えて、誤魔化すように光秀と顔を見合わせる。
どうしよう、と大袈裟に肩を竦めて見せると、光秀は相変わらず楽しそうに笑って、自身の唇に指を当てた。
小十郎がズンズンという効果音がつきそうな威圧感を放って政宗へ歩み寄る。
「・・・何で手前が一緒なんだ」
「今晩は、竜の右目。私が居てはいけませんか?」
小十郎の舌打ちが聞こえた。
政宗はそれに呆れたようにへらりと笑って、光秀にthanks、と一言かけた。
光秀の腕が、それに応えて別れを告げようとあげられる。
と、そのとき。中途半端な高さで腕が止まった。
その状態のまま約5秒程、光秀の全行動が停止する。
異様な「間」に、政宗も小十郎も疑問符を浮かべた。
「間」を経て、光秀は緩慢な動きで、政宗と目線を合わせる為に屈み始めた。
そして子供にするように政宗の髪を丁寧に掻き撫でる。
「独眼竜、日曜私と商店街へ行ってみませんか」
再び「間」が発生した。
そう長くはない「間」から、真っ先に口を開いた小十郎が「何を言いやがる」と低く言った。
「練習はしばらくお休みなのでしょう?ずっとこうして進歩がないのも心苦しいでしょうし」
光秀は、政宗の「事情」を知る数少ない人物である。
暗にそのことを提起しながら政宗に向かって首を傾げてみせた。
「反対だ、まだこっちに来て日が浅い。行動範囲を広げることは・・・」
「決めるのは、独眼竜ですよ」
小十郎と光秀に視線が政宗に注がれた。
政宗は、どちらの目もしっかり窺って足元に目を落とす。
どちらの言い分も尤もだ。あとは、自分の決定によって全て決まる。
「・・・・OK、光秀。行ってやる」
「政宗様!」
やがて顔を上げた政宗は光秀に強気に言い放った。
その返事に、嬉しそうに光秀が微笑む。
「では日曜、迎えに来ます」
光秀が見えなくなったあと、咎めるような視線を送った小十郎に、no problem、と答える。
踵を返して玄関へと軽く歩いていく。小十郎は頭を下げて、その後に続いた。
政宗の決定が、間違いだとか不満だとかいいたいわけではない。
これは、ただの過保護だ。そう、理解できないのではないのだ。
扉の閉まる音で受け入れよう。もう、どちらも子供ではない。
* * *
日曜の朝、下の階から小十郎に起こされ、欠伸をしながら階段を下りた。
日曜なのに仕事のある小十郎が、せっせと朝用事を済ませている。その図が奇妙で面白い。
トーストを口に放り込んで、特に話もせずに時を過ごす。
やがて全ての作業を終了させた小十郎が、政宗の向かいの席に座る。
「皿は、お手数ですが洗って乾燥機に入れておいてくださると嬉しいです」
「OK、遠慮すんなよ皿洗うぐらいで」
「申し訳ございません」
気が立っているのだろうか。そう感じた。だが仕方ないとも思えて追及はしなかった。
忙しくしながら家を出た小十郎を見送って、政宗自身も準備を始めた。
午前10時ごろ、チャイムが鳴った。
鍵束を引っつかんで扉を開ける。開けてから、わかっているとはいえインターフォンを見なかったことを反省しておいた。
扉の向こうには、律儀に門前で待っている光秀がいた。
いつもと変わらぬ格好で、いつもと同じ笑みを浮かべて。
「独眼竜、商店街へ行くのは初めてですか?」
「Yes。買い物は勝手に小十郎が済ますし日曜も道場にいるのがほとんどだったしな」
日曜故か、人通りの多い通りで、聞き逃してしまいそうな声を辛うじて拾い合いながら会話を交わす。
「ここに大きなスーパーができたときに、廃れるかと危惧されましたが、そんなものをものともせず今も多くの人に愛されている、この街の名物ですよ」
成る程、と政宗は心の中で納得した。辺りを改めて見回す。
道行く人たちは皆自分達と同じ方向へと向かっていく。
家族連れや友人と思しき人々と歩く者、観光客などが入り混じっているのが確認できた。
「ほら、もうすぐそこですよ」
光秀が立ち止まり腕を上げる。
その先を見て、しばらく政宗は呆然とした。
巨大なアーケード。その下で広げられた無数の店。露店も多く並び、人々が楽しそうに縦横無尽に歩く。
この街の人間を、みんなここに集めてしまったのだろうか。
有り得ないと知りつつもそんなことを考えてしまうほどの活気である。