(さて、今日は街の住人をひとり、紹介しましょう)
この街で”鳥烏”を開いて約1年近くなるのだが、
元々ここの出身だということもあってこの辺りは顔が広い。老若男女は問わず、それに佐助は人の顔を一度みたら二度と忘れない。
・・・のだが、
いまだに謎で溢れた人物がいるのだ。
素性がわからない人、というわけではなく、謎。
素性がわからないだけなら政宗も大概なのだ。
高校2年で別の高校に来るなんて、ただの引越しでは考えにくい。
・・・って政宗の話はどうでもいい。
ふと佐助はカレンダーを見て、動きを止めてから勢い良く時計を見た。
今、現在・午前10時30分25秒・・・・・・・そろそろ来る。
5、4、3、2、1、
無意識にカウントダウンをはじめ、それがゼロになったとき。
ガチャ・・・・キィィィィィ・・・・・
・・・と非常に控えめ且つ恐ろしいホラー映画のような扉の開く音がした。
更に、客が来るとすぐにわかるようになっている、扉につけた鈴(これは元々風鈴だった。青くて涼しげなデザインである)が小さく鳴る。
「・・・い、いらっしゃいませー明智サン」
「おはようございます店長。・・・いつもみたく呼んでくださらないのですか?」
第三幕 となりの明智さん
明智光秀。
街の住人のひとりなのだが、何をしている人なのかは全くもって不明。
珍しい銀の髪を長く伸ばして不気味に笑うその様を人は”死神”と評する。
「またシャンプーかな?用意してるよ。ちょっと待っててね、みっちゃん」
「お願いしますよ。・・フフ」
そんなわけで、この明智光秀を「みっちゃん」なんて呼んで話せるのは自分だけなんじゃないかと佐助は思っている。
大体週1回、金曜日の午前10時30分30秒ジャストにシャンプーを買いに来るため、必然と仲良くなってしまったというのもあるのだが・・・・
ちなみに、カットは一度もしたことがない。
「はいどーぞ」
「ありがとうございます」
シャンプーはこの店で使っているイイ奴だ。当然値段は高めに設定されている。
そのお値段3650円。もっとも、佐助自身にちょっとボッタクリ精神があることは認める。
だが光秀はそれを普通に、値段ピッタリに千円札を3枚、五百円玉を1枚、百円玉を1枚、五十円玉を1枚で払ってくる。
* * *
あるときの金曜日。祝日で学校のなかった政宗が朝から来店していた。
丁度客のいないときを見計らって貸していた本を返しに来た・・・のだが、佐助が「髪が伸びたから切ろう!」などと言い出して軽い口論をしているうちに、午前10時30分30秒。
鈴が控えめに鳴って思い出す。突然口論を打ち切ったため、政宗が不審そうに佐助を睨んだ。
「おや、お邪魔でしたか?」
何故か楽しそうにそう言って控えめに扉を閉めようとする。佐助はすぐに苦笑いをして扉に手をかけた。
「全然!いらっしゃいみっちゃん。すぐ持ってくるから・・・・」
中へ招き入れてから急いで棚の方へ行く。
もうすでに棚の一角に”光秀用”のシャンプーが確保されてある。
佐助がそのシャンプーを掴んだその時だった。
「こんなところでお会いするとは奇遇ですね。独眼竜」
「よぉ光秀、手前もな。ここに来てたとはとんだsurpriseだぜ」
「・・・・へ??」
取ったシャンプーを落としかけて我に返る。何してんだ、と政宗に笑われた。
「お知り合い???」
笑った光秀の隣で、政宗がさも当然そうに、That's right、と答えた。
* * *
ご存知の通り、政宗はこの街の剣道場の門下生だ。
高校生からの加入ではあるが、才能すさまじく、今や大将を務めるほど。
幸村が尊敬しつつ好敵手として認める強者だ。
政宗が加わって数週間過ぎたある日、他街の道場と練習試合の機会に恵まれた。
この道場は、対外試合が難しくある。
勿論基本は剣道なのだが、それと同時にスポーツとしての剣技ではなく、本物の実戦剣技をやっている。
そっちの訓練をしているところは非常に少ない。
最近は何処も正しく刀を使えないものばかりだ・・・とは道場主たちのぼやきだ。
ここの道場主の武田信玄が、全員を集めて全3チームをつくり発表した。
その中の1チームの先鋒に、政宗が組み込まれた。
練習試合当日。
その日は朝から晩まで竹刀を振るった一日だった・・・と後に門下生たちは語る。
その試合、はじめて先鋒として試合入りを果たした政宗は、なんと先鋒だけで大将まで粉砕した。
当然、相手道場のものたち、そしてこっちの道場の門下生たちも目を丸くした。ただ幸村と信玄だけが満足そうに笑んでいた。
何食わぬ顔で竹刀を担ぐ政宗に、誰も声が出なかった。
右目につけられた眼帯から、視界のハンデは大きい。だが、それをものともせず”戦い”を楽しむような刀流れ。
「さしずめ、青竜、というべきでしょうか」
呆然としている人々の中、ただ一人その状況を実に嬉しそうに声をあげたものがいた。
「面白いではありませんか。片目の竜・・・その刀は敵(かたき)を一直線に貫き、その装甲を突き破る。
そして貴方は上へ、上へと高みを目指すことでしょう。気高き竜」
「誰だ手前」
「これはこれは、失礼をしました」
政宗を冷静に評していたその男は長い銀髪を揺らして深深と頭を下げ、嬉しそうに笑った。
「私、明智光秀と申します。お初にお目にかかります独眼竜」
* * *
「え、みっちゃんって道場関係者だったの?」
「いいえ、好きで見に行っていたのですよ」
店の空いた席に3人で座って小助の出したコーヒーを飲む。
そののんびりとした雰囲気に、背後の才蔵の「仕事しろボケ」の目線が痛いが気にしない。
聞けば光秀は刀が身に入る寸前で止め、一歩違えば死ぬ・・・全身を使って斬り合う剣技の試合を見るのが好きらしい。勿論、剣道も斬り合うのだが、それとは違う・・・フェイントを入れたり峰と刃を使い分けたり・・・・・・つまり”殺し合い”のような感覚が味わえて、出来の良い芝居を見ている気分になれるソレが好きらしい。
「あと強い奴に二つ名を付けてんのも手前なんだよな」
政宗の言葉にああ、と佐助も手を打つ。
「そういや”独眼竜”って・・・」
「ええ」
片目の竜。素晴らしい、と相変わらず楽しそうな光秀の言動は、まるで小さな子供のようだ。
ちなみに信玄は甲斐国出身の熱き夢に地を駆ける大虎・・・”甲斐の虎”、
幸村はその虎の一番弟子で熱き心で地を駆けることから”虎の若子”・・・光秀は”若虎”と呼んでいる。
「何でそんな二つ名なんて・・・」
佐助が純粋な質問を声に乗せると、光秀は少し首を傾げて低く捻った。
「面白いし・・・・素敵じゃあありませんか」
その仕草が、ちょっと不気味だ。
隣で政宗が笑った。つられて佐助も笑ったが、何故かそれにどうしようも虚しくなった。