2−2
(大の大人になってまでとか言われてももうどうでもいいからさとにかく今はしゃぎたいなぁものすんごく!)
「鳥烏」のカウンターで政宗の学校が終わるまで待ちながら、店の中を忙しそうに動き回る鎌の介の頭を小突いて遊ぶ。痛い!痛い店長!と手元から聞こえてくるが佐助の耳にはほとんど入っていない。才蔵が呆れて盛大に溜息を吐いた。それすら笑って受け止める。笑顔気持悪ィと突っ込まれても気にしない。
「本ッ当浮かれすぎだろ猿。」
札束片手にカウンターに近づいてきた才蔵に、彼曰く「気持悪い」笑みを向ける。今度はわざとらしく顔を顰められた。そのまま何も言わずに手の札束を佐助に渡す。ありがとー、と何ともなしに受け取ろうとすると腕を思い切り引っ張られる。何事かと思いつつ札束を握り締めて才蔵の顔を睨んだ。才蔵は特に気にもせず、佐助の耳元で
「あんまり執心すんなよ。お前の感情はおっそろしーほど粘着質だから」
と呟いた。
「どういう意味さ」
「何年お前の幼馴染やってると思ってんだ?」
殺気に近い視線を才蔵に向けた佐助だったが、扉のベルの音にすぐに笑顔に戻った。
先ほどの浮かれた表情を隠さずに出て行く佐助が見えなくなるまで才蔵は睨み続けていた。
* * *
扉を開ければ、学校帰りで制服のままの政宗がいた。
いつも通りの顔で、いつも通りの振る舞いで。
浮かれているのは佐助だけだが、特に気にもしない。
「何処いくんだ?」
へらへらと笑っている佐助に、抑揚のない声で政宗が問う。
事前に行く場所は教えていない。サプライズだよ!とか言って教えなかった。
別に、そんな大した場所でもないのだが、
「俺のお気に入りなんだよね。この街じゃあちょっとした名物でさ」
いつもは不快なディーゼルトラックの排気ガスのにおいも全く気にしない。
「きっと伊達ちゃんも気に入ると思うなぁ」
店を出てから約15分ほど。大通りから少しそれて、裏・・とまではいかないが、車も通りにくい路地。
「ほら、ここ」
ある建物を佐助は嬉しそうに指を差した。
「・・・・ライブハウス?」
建物の看板と雰囲気でそう推測する。
政宗自身はライブハウスに行ったことはない。
「そうそう!この街じゃちょっと有名なんだよー」
「人気のバンドでもいんのか?」
「まぁ、そんな感じ?」
無遠慮に建物の扉を開けた。突然音楽が耳を突き刺すように流れる。
なるほどライブハウスか、と政宗は片耳を押さえながら苦笑した。結構人が入っていることに少し驚く。中は喫茶店のような内装で、あちらこちらにテーブルがある。
「元々は違ったらしいんだけど、今はこんな風にバンドの提供場になってるらしいよ」
だからあんまりライブハウスらしくないんだけどね。
佐助の説明は簡略しすぎていたが何となく納得をして中を見回す。
そのとき丁度、今の舞台でひとつのバンドが演奏を終えたところだったようだ。
「ほら伊達ちゃんこっちこっち」
突然佐助に腕を引かれてひとつのテーブルにつく。
そのまま椅子に座らされて、さらに流れでメニューを持たされる。
「好きなもの頼んでいいよ。俺が奢るし」
「・・・はじめてきた場所で好きなものって言われてもわからねぇよ」
ただ単に食べ物や飲み物をよく知らないだけだったのだが、誤魔化すように口にしてみるとなるほどその通りだと自分で納得する。
「あー・・そっかぁー・・・・」
佐助もそのことに気付いて唸る。
もう一冊のメニューを開きながら、うーんやらあーやら声を出して悩む。
こいつ、わざとやってるのか。
それとも普段からなのか。
「手前の好きなもんでいい」
見かねた政宗が唸る佐助にメニューを突き返しながら言う。
そう?とちょっと納得いかないような声を出しながら、顔は何か嬉しそうに表情をつくってそれを受け取る。こういうところは何となしに佐助も幸村と似ている。幼馴染らしいが、どうも友達の一言では片付けられないような関係なのではないかと政宗は感じていた。
まぁ、どうでもいいが。
そんなことを考えているうちに佐助は注文を済ませていた。
注文はすぐに来た。これが普通の喫茶やレストランなら大分合格ラインの速さだ。
はい、と佐助が回してきたのは、アイスが三つ乗った上にポッキーやらイチゴやらチョコやらの洋菓子の乗ったものだった。見ると佐助も似たようなものを置いている。「似たようなもの」としたのはアイスの色と上に乗っている菓子の種類が違うからだ。佐助は元気に、いっただっきまーす!とソレを口に運ぶ。それを見て政宗もゆっくり口に運んだ。冷たい感触が口に広がる。ある程度口に運んだあと、佐助は嬉々としながら政宗に目を向ける。ゆっくりではあったがスプーンを動かす手が止まらないのを見ると、かなりお気に召したようだ。少しほっとする。
そのとき、耳に鋭くギターの音が入った。
少し驚いて舞台を見やると、次のバンドが始まるようであった。
「”会場のみなさん!!こんにちはーーーーーーー!!!!!!”」
マイクが入っているのに大きな声で挨拶するボーカルを見て、佐助は政宗の肩を叩く。
「伊達ちゃん、ほらあれ」
「あ?」
「このライブハウスが街で有名になった切欠のバンドなんだよ」
アイスを口に運びながら、挨拶をしたボーカルを見る。
こげ茶の長い髪を高くポニーテールにした青年だった。結構な長身でガタイもいいが、きらきらと光る目が妙に子供っぽい。笑顔も、佐助のような困ったような笑みではなく、それこそ10代の子供のように無邪気であった。
その男は、はじめの挨拶で多くの客が声をあげて手を振ってくれたのを確認すると、嬉しそうにして、ゆっくり息を吐いた。
そして思い切り息を吸い込む。
「”みんなぁーーーーーーー!!!!恋、してるかーーーーーーーーい!!!???”」
それがいつもの彼の呼びかけなのだろうか。その一言に客達が立って大声をあげはじめた。
至る所から「けいちゃぁ〜ん!」「まってましたーー!!」などの声が聞こえる。
「”今日も楽しんでいってくれよなーーー!!!”」
おうともさーーーー!!!!
・・・・と客席中が沸き立った。
「・・・大丈夫?」
いきなりの熱気に政宗のアイスを運ぶ手が止まった。気分が悪くなったわけではない。驚きと同時に覚悟していなかったため、耳がつぶれるかと思った。
「・・・大丈夫だ」
もう一度アイスを口に運ぶ。冷たさに少し落ち着いた。
* * *
舞台で始まった曲に耳を傾ける。
決して嫌いではないこのメロディー。歌詞。ベース。声質。
周りの熱気の中、佐助は久しぶりに聞いたこのバンドの曲を不思議に思っていた。
その辺のインディーズバンドと何ら変わらないバンドだ。
まだギターもボーカルもプロのそれには遠く及ばず。
しかし人を掴んで離さないのは、
このボーカルの男が、歌うときだけ、何かを訴えるように必死だからだろうか。
ふと政宗のほうを見ると、彼は舞台を一心に見つめていた。
表情に変化はなく、いつものように感情は量れないが。
何となく考えてることは一緒なんじゃないかと、自惚れではなくそう思った。
「♪・・・夢だと叫んで走った四月
咲いて散った桜の下できっと僕らは唄っていられるさ
そうだろう
笑うことさえ覚えたら泣くことだってわかるから
今からだって遅くは無い・・・・・」
歌が終わる。歓声は未だ止まず、アンコールも巻き起こる。
「”これからも、恋街2010!!よろしくなぁーーーー!!!!”」
舞台から彼らが姿を消す。