朝日が眩しい。・・・と感じる時間すら惜しい。
右手に揺れるスーパーの袋すらうっとうしい。



佐助は今、速足で病院へと向かっている。
こうやってひとりで歩いていると余計なことを考えてしまう。
自分で自分がそういう人間だということはよく理解している。
(彼のこと、全部はわかってはあげられない 他人だし、この間会ったばっかりで)
袋の中は果物やら飲み物やら、色々。
(でもさ、仲良く・・なった?・・・んだしさぁ、)
(多分、きっと、恐らく、俺は彼のこと わかっていたいんだ いやわかっていたいというか、)
この間会ったばかりでそこまで気にしていることが”異常”なのだということは全く認識していない。


(友達?うんそう友達 ちょっと歳の離れた友達)


赤信号で立ち止まった横断歩道。横切ったトラックが二酸化炭素を吐き出したのに顔を顰める。
(空気、わるい)


ひとりでいると、余計なことを考える。






第二幕  子供と子供と子供と子供








この街でちょっぴり有名な剣道場が見事に地方大会進出で喜んでいた矢先だった。
その大会の予選、伊達政宗・・・この予選で大将を務めていた・・・は足の調子が悪いにも関わらず出場をし、勝利で湧き上がる中見事に歩けなくなった。
まず道場内の全員が目を丸くして驚いて、少し遅れて真田幸村が驚き、そのとき手伝いと応援に仕事を休んできていた片倉小十郎という政宗の保護者がわりの彼が青ざめた。
・・・そして、病院に搬送されたという話を幸村から聞いた猿飛佐助が電話越しに青ざめた。
おかげで今日、店のほうを才蔵に半分以上押し付けに近い形で任せて見舞い品なんぞ引っさげて病院まで歩いている。


その途中、ぐるぐると回転し続ける思考は常に怒りのような、嘆きのような、よくわからない感情を訴えていた。

(一言ぐらい何か俺にいってくれてもいいじゃん!そしたら、そしたらさ、)
赤信号が青に変わったことも上手く認識できなかったのに横断歩道を渡りだす。
(・・そしたら?そしたら何だよどうにかしてやれたってのかよ)
(でも何か一言、)
もう自分に怒っているのか政宗に怒っているのかさっぱりわからなかった。
そもそも何でこんなにも心がざわついているのだろうか。





佐助の中の政宗の位置は、今は仲良く(だと少なくとも佐助は思っている)電話したりする友達という枠の中の人物ではあるが、知り合って一年も経っていない。
よくお節介、馴れ馴れしい、と文句を言われるが、確かにそうなのかもしれない。

けれどもその言葉を言いながら楽しそうに笑うものだから、


激しくどうでもよくなって、再びうだうだと頭を回転させて佐助は病院の建物に入っていった。





*  *  *




面談許可が出て、病棟の廊下を無駄にあれよこれよと考えながら歩く。
自然と足の速さを緩めていたが、あっという間に部屋の前に来てしまった。ドアノブに手をかけるのが躊躇われる。
見るとご立派に個室のようだ。良いご身分だねぇといつもどおりに呟く。
ドアノブと3分ほど睨めっこをして、音がしないように深呼吸した。
意を決してノックをしようと手をドアに向ける・・・・と、部屋の中から声がした。
先客がいたらしい。
少しドアに近づいて聞いてみると、少し癖のある男の声が政宗の声と対話をしていた。
(誰だろ、片倉サン?・・・じゃあないなぁ・・・・)
あの過保護な男を真っ先に思い浮かべたが、どう考えてもこんなに軽く気さくに話はしない。
入ってみりゃわかる!考えるのに疲れた佐助は手を振り上げてノックをした。
思ったより大きいノックになって、乱暴になった。しかも相手の返事も聞かずにそのまま入る。
どうやら相当動揺していたらしい。


勢いよく中に入ると、中には寝台の上に政宗、そして近くの椅子に、左目を包帯で覆って珍しい白髪をした体の大きな男が座っていた。
見たことのない男に佐助は一瞬動きが止まる。
だれだ?と思う前にこの状況を何故か飲み込めずにいた。
「お、待ち人来たり・・・ってか?」
男は佐助を見るなり笑って椅子から立った。
「別に待ってねぇよ」
「いいじゃねぇか。んじゃな政宗、早いとこ治してまた店に顔出しに来いよ〜」
そのまま佐助の隣をすり抜けて政宗に軽く手を振って出て行った。
佐助はその男が扉から消えるまで男を無表情で見つめていた。
・・・正確には、反応し切れなかった。
「・・・何してんだ猿飛。」
話しかけられて我に返る。政宗はいつものように何か楽しそうに笑みを浮かべていた。
ああ いつもどおりだ 何故か非常に安心してへらりと笑って見せる。
「伊達ちゃん、」
「幸村あたりからでも聞いたのか?今日も営業日なんだろ。仕事放って来るなんて大概酔狂だなお前も」
「お互いさまでしょーよ」
Crazy、と小さく聞こえた。機嫌はいいようだ。笑っている。
「さっきの。誰?」
もう一度扉の方へ目を向ける。
きっちり閉められた扉以外に何か見えるはずもなく。
「知り合い?」
仲、良さそうだったね、と呟けば、声を殺した笑いが聞こえてくる。
何がそんなにおかしいの。
いつもの笑みで佐助の目を見る。
「長曾我部元親。近くの大学に通ってるらしいぜ。機械いじりが好きな変な奴だ」
「・・・伊達ちゃんには、言われたくないんじゃない」
軽口を叩いて少し笑ったが、拭えない違和感を感じる。
そういえば、あの容姿。何かが心の何処かにひっかかっている。


「白髪に、左目包帯巻いてる・・・」
「? 猿・・・・」
「・・・あれぇぇぇ???」





    ーーーー「・・・白髪の、左目を包帯で隠した、デカイ体をした子供だ」
        「子供?」
        「いい年をして玩具遊びに余念がない」ーーー




「・・・・・あああああああーーーーー!!!!!???」





佐助の叫び声が病室を突き抜けて病院中に響いた。





*  *  *




叫び声から数分後、ようやく落ち着いた佐助に足のことを政宗は話し出した。
政宗のために持ってきたはずのアイスコーヒーの缶を開けて飲みながら、佐助はその話を黙って聞く。
政宗の話し方は淡々としていて、悲壮感はない。
同時に、何かを誤魔化すような明るさもない。
それを全部、相槌も打たずに聞いた佐助は、話が終わったあと席を勢い良く立った。
缶を机に押し付けて潰す。その音に若干政宗が驚いた。
「ばか!!!!」
先ほどの叫び声と同じぐらいの声でシャウトした。




「・・・ってぇ事はしばらく道場には来るなと」
「ああ。小十郎にすごい剣幕で言いつけられてな。信玄の大将にも地方大会の為にはやく治せって」
苦笑いをしながらも楽しそうに話す政宗を見て佐助も頬が緩む。
「歩けるの?」
質問には笑顔で返答。普通に寝台から降りる。
足を固定するものは何も付けていない。そんなに問題はない、と語っていた。
「じゃあさじゃあさ、しばらく放課後暇なんじゃない?」
その声にも彼を見る目にも期待の色が滲んだことは佐助自身よくわかった。悟られるだろうか。悟られたくないか。
政宗は呆れたように笑った。
「何処かいいところでもあんのか?」
「伊達ちゃんまだこの街来て日が浅いでしょ?」
「もう何ヶ月か経ったろ」
「でも学校とか練習とか色々であんまり歩き回ってないじゃん。俺は物心ついたときからこの街住んでるし。」
政宗のために持ってきたはずのりんごの皮を剥いて、自分で食べながらどう?とわざと首を傾げてみせる。
その様子に可愛くねぇぞ、ととりあえず言っておきながらもまた呆れたように笑い、


「何処へでもつれてけよ」


まっかせなさい!
と、返答に応えた。