第一幕  はじまりは雨の日から




その日は朝から雨が降っていた。
数年前から学校も休みになった土曜日で、外は極めて静かだった。
子供の笑い声も、車のエンジン音も、人が歩く靴音もしない。
ただ雨の音だけ、静かに、静かに。




*  *  *



数日前、高校まで同じところへ通っていた幼馴染から電話が入った。奴は大学を寮に入って向こうの友人と騒がしく暮らしているらしいが、金の問題と面倒だとかで電話線がひいてない。そのため電話なんて一月にあるかないか。そのあるかないかの電話も寮の管理人のところからかけさせてもらっているという。
奴が行っている大学は、奴の家からさほど遠いというわけではない。だが、受かったと同時に前々から準備をしていたかのように家を飛び出し、寮に入った。よほど家にいたくなかったのか、と思ったが、別にそういうわけでもないようなのは本人から見て取れた。

そういう自分も、大学に受かってからはマンションの部屋を借りてひとり暮らしだ。
当然、親には猛反対された。うまくなだめて何とかひとりで暮らすことを許可してもらった、
のだが、
別に、電話線は引いてあるし、日当たりもいいし、暮らしやすい適度な広さだ。
ただひとつ、大学から帰ってきたときの無意味な静寂さえなければ。



*  *  *



毛利元就。大学4年。商業系大学の優等生。
長宗我部元親。同じく大学4年。工業大学の番長(あだ名)。

「なぁ元就、次3連休あるだろ?」
恐らくまた管理人のところでさせてもらっているであろう電話で、彼は挨拶もそこそこにそう切り出した。
「ああ」
「お前のマンションに一泊していいか?」
電話越しに元就は首をかしげた。
いっぱく?・・・ああ、
「暇なのだな」
ひっでぇ、と笑い声と共に一言。
「なんだかんだいいつつ全然最近顔合わしてねえだろ?そんなに大学自体は離れてないのに街中でばったり会うことも一度もなかったしな。電話は電話代かかるから管理人に迷惑だし・・・」
そう思っているのならやめればいいのに、といいかけたが寸前で止めた。
受話器を左で持ちながら右手で論文の最後の一文を書き終える。
「俺の寮にお前が来るわけにはいかねぇだろ?だからお前んとこ俺がいくってことで、」
はなしてーことがさ、一杯あってなぁ。
会って話すな、とか言いながら受話器越しにやたらと回る舌。
半分も聞いていなかったが、適当に相槌を打ってそれらしいことを返して付き合う。

「そんじゃ、日曜にそこの喫茶店な。」
その言葉を最後にほとんど元親が一方的に喋っただけの電話は終わった。
ゆっくり受話器を戻して、書き上げた論文をまとめていく。

ふと手元に視線を下ろして、やたらと細くなった指を睨みつける。
最近碌なものを取っていない気がした。というのも大学から帰る時間があまりにも遅いため、大体食べる時を逃しているからだ。そのかわり、風呂は絶対に欠かさない。

(ひとりで暮らすようになっても)
(周りの奴らの雑音はかわらぬ)

今の陰気な自分を見て、あいつはどんな顔をするだろうか、とふと思う。
笑うだろうか、笑ったら容赦なく蹴ってやろう。
じゃあ、困った顔をされたら?
・・・・惨めだ。
(空に輝く日輪のようになれたらいいのに!)