窓に雨粒がぶつかる音が響く。
規則正しくしかし乱れてどっちなんだ、と聞きたくなるこの音がクラウドは嫌いだった。じゃあ規則正しいのと不規則なのとどっちがいいかと尋ねられたら、間違いなく前者を選ぶ。乱れた音は不安を感じさせるのだとテレビだったか本だったかで言っていた。現代音楽の定まらない音の羅列や、戦争などを題材にした音楽の変拍子や不協和音が良い例だ。そしてクラウドは、そのような音楽よりも一般的なクラシックを好んでいる。
話が逸れた。今、雨が降っている。
「ザックス、傘持っていってなかったね」
数刻前から突然降り出した雨は多くの主婦の怒りを買っただろう。いらないことを考えていたら、心配そうにエアリスが口にした。
そういえばそうだ。ちょっと買い物いってくる!などといって財布だけを手に走って出て行った奴は、雨が降ることなど考えてもいなかっただろう。何故なら天気予報で「雨です」といっていても、そのとき晴れていたら傘など邪魔だといって持っていかないような奴だ。
「自業自得だ。それにすぐに帰ってくるだろう」
「そうかなぁ。出て行ってから随分たってるけど、帰ってこないし」
クラウドは、読んでいた本を閉じた。元々雨の音が気になって内容のほとんどは頭に入っていなかったが、面倒そうに溜息を吐いてみる。落ち着かなさそうにするエアリスを見て、やはりもう一度溜息を吐く。
「・・・・ちょっと探してくる」
重い腰をあげて返事を待たずに玄関まで歩く。
大きい黒い傘と、それより一回り小さめの青い傘を手に外へ出た。
扉を閉める間際、気をつけてねという優しい声が聞こえた。
外の雨の程度を見て、少し後悔した。見つけたら真っ先に殴ってやろうと決意する。
青い傘を差して歩き出した。
突然の雨の所為で、多くの人が焦って走り去っていく。
それを見送りながらザックスの姿を探した。買い物にいってくる!ということはこの商店街に来ているに違いないとクラウドは踏んだのだが、それらしき影は見当たらない。
おまけに雨音は家の中も外も変わらず中途半端で気分が悪い。無意識に舌打ちをした。あの馬鹿阿呆。心の中で悪態をついたとき、すぐ横でバシャアッ!!と派手な音がした。
見ると年端もいかない少年が、急いでいたのか走って水溜りに足をとられたらしく、見事なスライディングをしてしまっていた。いたたまれなくて手を差し出す。意外と素直にそれをとって少年は立ち上がった。顔に泥がつき服は濡れて足を擦り剥いて、さらにクラウドは不憫に思った。
しかし少年は気丈だった。クラウドの手をとったまま、失敗したぁと自分を茶化すように笑ってクラウドに見せた。情けないことにこっちが呆気にとられてしまう。適当に体の泥を払って、少年はクラウドに、ありがとうございました!と元気よく言った。クラウドはぎこちなく笑って、もう転ぶなよとぶっきらぼうに言い返す。そのまま見送ろうとしたが、思い立って差していた傘を少年に差し出した。不思議そうに見てくる少年に、もう一本あるからといってそれを半ば押し付けるように渡してやる。少年は頭ががんがんとなりそうな程お辞儀を何回もして、その傘を差して去っていった。残されたクラウドは、黒い傘を差して、少年が去っていった方向を見つめていた。
「なかなか男前じゃんクラウド」
「!!!!」
雨が地面を打ちつける音を破って声が耳の届く。勢いよく振り返ると濡鼠になったザックスが立っていた。雨の中でも太陽のように眩しい笑顔を携えて、何が満足だったか、うんうんと頷いてやけに楽しそうな様だった。
「いやぁさっきの様子を見たらクラウドも成長したんだなぁなんて思うよ。でかくなったのは体格だけじゃないよな。大人になったんだな〜なんか子供の成長を喜ぶお父さんの気分だ今俺は。いやぁよかったよかっ・・・おぶっ!!??」
調子よさ気に話していたザックスの脛にクラウドの容赦ないローキックが入った。思わぬ不意打ちに流石のザックスも痛みでその場に蹲る。
「いーーーーっでぇぇぇぇぇええ!!!???な、何すんだクラウド!?これは酷いぞ、かなりモロに喰らっちまったじゃねぇか・・・・!くそぅ涙出てきた・・・」
「大の大人が情けないこと言うな!こっちはあんたを探してこんな面倒な雨の日に外に出てきてやってるんだぞ、むしろ感謝してほしいな!」
本当に涙目になっているザックスを上から見下ろしてクラウドは言い放つ。そしてすっきりしたといわんばかりに踵を返して帰路へ向かおうとする。
「待てって悪かった!!ってあいてててて!てか迎えに来たのに放置かよ!?」
急いでザックスも隣に並ぶ。故意なのか、身長差の所為でクラウドの差す黒い傘の中に入れず項垂れる。しかし特に文句は言わずにそのまま横に並んで歩いた。
「ていうかあんた何してたんだ。買い物って・・・」
「あーそうそうこれこれ」
思い出したように右手に提げた袋を示す。怪訝そうにそれを見たクラウドだったが、その袋のマークを見て目を見開く。
「・・・・六角屋のシュークリーム・・・・!!」
「そう!つい一昨日この商店街入りしたんだよ!セフィロスに教えて貰ってさぁ!」
「流石セフィロスさん、情報早いなぁ俺に教えてくれたらすぐに買いにいったのに!!」
「・・・え、クラウドさん??俺のことはガン無視ですか?」
目を輝かせて袋を奪い取るクラウドにザックスは、はじめは納得いかないような視線を送っていたのだが、すぐにやめる。代わりに楽しそうに笑顔を送る。
「・・・・・」
その笑顔を察したように、クラウドはいつも通りの仏頂面でザックスを睨んだ。うおっ、とわざと大袈裟に驚いたふりをしたザックスは疑問符を浮かべて何と尋ねる。それに答えずただひたすらにザックスを睨んだままのクラウドは、その耳に雨の音を聞いていた。
笑顔を見ると、思い出すのだ。何を?簡単、己が如何にこの男が羨ましいかを。
先ほど、ザックスは成長したなぁなどと口走っていた。言い方が気に喰わなかったので蹴りをいれさせてもらったが、クラウド自身もそれを感じた。しかしそれはきっとザックスへの劣等感の末なのだ。
規則正しいものがいい。安心するから。不規則に乱れた感情や性格しか持たない自分がそう思うのはただの羨望なのだ。暗く陰鬱な自分とは対照的に明るく社交的なザックス。それを羨ましがってそういう振る舞いを意識していた。エアリスがこの男を心配するたんびに劣等感が増すのも。雨が憎いのにお似合いな、そんな自分が嫌だ。
「・・・・・」
睨んでいた視線を下に落とした。
が、ザックスの顔が飛び込んでくる。
しかめっ面をすると、ザックスは、己の頬を自分で引っ張って歪ませた。
「・・・・・・」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・ぶっ・・・・」
「あ、笑った!今笑っただろ!」
子供のようにはしゃぐザックスは、してやったりと明るく笑った。
負けた、負けたのだと言い聞かす。羨ましさは消えない。勿論、当たり前だ。
しかし。
「シュークリームはお前とエアリスはふたつずつ買っといたから。それで機嫌直せよ、な?そんで許して」
「・・・わかった」
黒い傘をずい、と差し出す。それを受け取ったザックスの右側に入って並んで再び歩き出した。雨はまだ強く降っていて、まだ止みそうになく。水溜りをわざと踏んで歩くザックスを横目に、クラウドは雨の降る灰色の空を見た。
それでもいいか。あの少年のように、そう思えるようになることが自分にとって一番なのかもしれない。どんなに頑張っても隣の男のように、太陽にはなれないのだ。ずっと雨。ずっと曇り。でもそれが愛せるようなったらいい。
「・・・さっきからばしゃばしゃ水が撥ねて鬱陶しいんだけど」
「でも楽しいぞこれ。あれとかよさそ・・・・ヴッ!」
自業自得。深い水溜りにハマって前倒しになる。間一髪、クラウドはその斜め後ろで被害はなかった。黒い傘を拾い上げて、声をあげて笑ってやった。
「だ、大丈夫大丈夫!俺もうずぶ濡れだからこれ以上濡れたって大したことはないって!・・・・ちょっと泥がついたけど」
帰ってエアリスに何を言われるだろう。そのときにまた思いっきり責めてやろう。笑い続けるクラウドが手を差し出す。それをとって立ち上がり、ザックスも共に大声で笑い始める。傍から見たら異様すぎる光景を気にもせず。
ただひたすらに、愛せるようになったらいい。
明日は晴れ
お粗末様でした。
今丁度雨が降ってるってだけで書き始めて特に何のプロットもオチも考えずに打ち始め・・・・結果こんなことに。
ザックラってなんだ!!!これザックラじゃねぇよ!!!ただのクラウドの日記だよ!!!
・・・ってな状態になってしまいました
雨っていいですよね。いろんなことに使えますから。
そういえばクラウドってこんな口調だったのだろうか。謎だ。
捧げものでした。が、ここからFF7家族がはじまったという・・・
自分はどうしようもない奴だ。自覚症状は大いにある。
人生の最初期に、自分の残りの人生を全部捧げても構わないと思える人に出会ってしまった。
まだ手が小さいから、何ひとつあげられない。そう思い込んでいた。
「ごめん」
目前に迫った彼女の誕生日。必死になってプレゼントを考えた。
だけど思い付かなくて、親しくしていたクラスメートに相談をした。
そういうものは気持ちが大事なんだ、とひとりが言えば、女の人なんだから化粧品とかは絶対に喜ぶよ、でも男の子に選ばすのは難しいでしょう、と勝手に会話が飛び、差し障りのないものでいいんじゃないか、生活する上で必要なものとか、なんて意見が顔を出す。結局プレゼントの中身は決まらなくてひとりうなだれた。
欲しいものは何、と聞けばいい。そうすれば解決するだろうに。
晩御飯の度に、尋ねよう、尋ねよう、そう思い続けて日がなくなった。
口を開く直前になって怖くなったのだ。
そして立ち止まりも後退りもしない時間が、徐々に彼女の誕生日に近付いていくにつれて、迎えるのも怖くなった。
当日、ケーキを引き取って帰宅をした自分に、笑顔でおかえりと言った彼女に手をついて謝りたい衝動が起こった。
ごめんなさい、何も用意できませんでした。違う、そのことではない。
リビングの机の上に並べられた食事は、彼女が自分で作った。
自分は料理を作ることができないから、誕生日でも夕方に彼女は忙しく支度を始めるのだ。
彼女に謝りたい理由はそれだけでも充分な程だった。
どうしようもない自分をいつも優しく諭してくれるのは誰だ。前を向かせてくれるのは誰だ。生かしてくれているのは、
「ごめん」
何かが解ける音がした。自分はみっともなくその場で泣いた。
彼女は驚いて固まって、けれどもやはり駆け寄り背を撫でてくれた。
大丈夫?どうしたの?私何かした?あ、もしかして帰り転けちゃってケーキぐちゃぐちゃとか?食べれるから問題ないよ、気にしない気にしない…
何も答えない自分に話し掛ける彼女の言葉ひとつひとつで、自分は彼女に愛されていることに胸が張れるのに。
それと同じくらい彼女を愛していることをどうして示せないだろうか。
手が小さいことの所為にして、生きていることを当然のように思っていないか。
言いたかった言葉をはっきり形にするまで10分、簡単な一言を言い出すことですら上手くいかない自分。
人生を全て捧げても構わないなんて方便でしかない。だけどそうしたい。
強くなりたかったのだ、優しい彼女のように。生まれてきてくれてありがとう、偽りないんだと説明できないのが辛いから逃げ回る。
言えないどうしようもない自分が許されている世界に逃げ込む。
優しい彼女の代わりに、誰かが詰ってくれるのを待っていた。
ただの誕生日だろ、今日なら目が覚める気がするのだ。
バースデイ
文章の書き方を忘れて戸惑った作品。
クラエアが好きというわけではなく、クラウドが小さいことをうだうだ考えすぎて自暴自棄になり気味なのが面白い。
多分双方が持っている感情は、お母さんと息子なんだと思います。
無償の愛を血が繋がってなくても持ちうるのかは未だ答えの出ない話です。
実はエアリス誕生日に合わせてかいていました。