武田から伊達に書状です、と佐助は手際良く書筒を手渡した。奥には奥州の王、独眼竜が偉そうに胡座をかいていて、受け取ったのは当然、その手前に控えていた片倉小十郎だった。
「わざわざ御苦労だったな」
他国のものへの配慮も忘れない様は流石というべきか。佐助はつくづく、小十郎はほんとに隙のない御仁だと思う。それに引き換えあの奥で欠伸してるあれはなんだ。
佐助の主の主である武田信玄も大変立派な人だ。一国の主なのだから当然も当然、誰に対しても威厳をもって接し、例え親しきものの前であってもそれを損なわない。
だのにこの奥州の王を見てみろ。忍びとはいえ、一国の使者とも言える佐助の前でもって、着流しに胡座、しかも欠伸だ。書状の中身についての簡単な説明の際にも全く口を開かず、目さえ合わそうとしない。これはどう好意的に捉えようとしても、佐助を客扱いしていない、舐めているとしか思えない。佐助はあくまで冷静に、胸の端っこで苛ついた。
さぁこれで役目は終わり、帰りますか、と思うと見知った気配がしたので少し留まってみる。案の定、上杉からの書状を携えたかすがが素早く小十郎の前に参上し、挨拶もそこそこにその手に書筒を手早く置いた。
明らかに無礼な態度のかすがにも、小十郎は僅かに顔をしかめただけで佐助と同じように労いの言葉をかけた。というのも、ここまで露骨な態度をかすががとったのはひとつ原因に佐助がいたからというのが大きいということを、彼は経験から悟っていたらしい。全くできた御仁である。
軽い調子でかすがに話し掛け、馴れ馴れしく会話を交わす佐助に、かすがの機嫌がわかりやすく悪くなる。こんな所で苦無を投げられても困るだけなのでほどほどにはしたが、かすがは明らかに苛立ったままその場を去った。まるで、先ほどまで佐助が政宗に対して発していた苛立ちをそのままごっそり持っていってしまったようだ。その証拠に、佐助はひとり大変すっきりした面持ちでかすがに手を振っていた。
「なぁアンタ」
かすがの気配が消え去ったとき、ずっと黙って興味なさげにしていた独眼竜が口を開いた。珍しく佐助はちょっとびっくりした。
「…アンタ、ってのはまさか俺のことですか」
「それ以外に誰がいるんだよ」
片倉さんいますけど、とは言えない状況だ。独眼竜が片倉小十郎を呼ぶときは間違いなく『小十郎』と呼ぶことを佐助はよくわかっている。
「…なんですかねぇ?」
佐助的には、あまりお話をしたくない相手である。独眼竜とは悉く相性が悪いのだ。今までも何度か絡まれたことはあるが、そのたんびに空気が悪くなる。
そんな佐助の気持ちもまるで無視の政宗は、先程までと変わらない様子で事も無げに、
「アンタ、あのくのいち好きなのか?」
…などと口にした。
佐助は絶句した。
「…なにをもってそんな風に思ったのか教えて頂きたいもんですね」
斜め上からばっさり斬られた気分からなんとか持ち直し、言えたのはそんなことだけだった。
「人間ってのは情のある相手に、その情を隠して接することなんざできねぇんだよ」
いや、言葉通り教えてもらっても困る。むしろ聞きたくなかった。
(つまり何ですか、かすがをからかってるとき俺様からはかすがが好きですっていうニオイがぷんぷんするってことですか!)
傍らで小十郎が気の毒そうに佐助を見ていた。そんな目で見るならそろそろ黙らせろよその男を!と佐助は叫びたくなったが、そこは忍びだ。容易く抑えつけてへらりと笑いかけた。
「独眼竜には、これっぽっちも関わりない話じゃないかい?人の恋路なんてさぁ、しかも忍びだ。詮索するのは止してよね。あと別にそういうんじゃないから、かすがはからかうと面白いだけだから」
独眼竜は、ふーん、と軽く返しただけだった。ますます腹が立ってきた。このまま此処にいたら何をしてしまうかわからないので早々に退散することにする。
それにしても本当に、何なんだあれは。前々からちょっと気に食わなかったが今回で決定的になってしまった。なんというか、できればしばらく顔も見たくない。佐助はそう思いながら甲斐へと飛んでいった。
偉そうなアイツ
佐助は結構ツンデレっぽいですよね。
政宗が忍び二人の仲をからかってたら可愛いと思いました。
政宗は、時々寝ているときまで幸村の『政宗殿ぉぉぉ!』という声が聞こえることがある。それぐらい幸村のあれは耳に残るというか、煩いというか。
あれに執着めいたものを抱いているという自覚が、政宗には大いにあった。今更隠すまでもなく、次はどうやって自分にぶつかってくる気だろう、と常に考える。
同時に、あれを甘やかすのは楽しそうだな、とも考える。刀を交えない幸村との関係など信じられないが、政宗は結構普通に、幸村に対しては好感を持っていた。単純に、その好感の度合いよりも果たし合いをしたい度合いの方が大きいので薄れているだけだ。
「政宗殿ぉぉぉ!」
さぁ、何か今日も聞こえてくるようだ、あの煩い声が、夢の中にまで。政宗は喧しいなぁ、と思いつつも穏やかにそれを聞いていた。幸村に対して強い執着があることは認めるが、政宗は幸村を目の前に戦場のにおいがそこになければ、いまいち高揚感が沸いてこないのである。いつでもどこでも盛ってるわけじゃあない。だから幸村の声が聞こえてくるからといって、それにいちいち心動かされたりはしないのだ。
と、いうよりは、連日頭に響いてくるお陰で耐性ができたのではないかと思うが。
「政宗殿、政宗殿!」
なんだ、今日は随分としつこいようである。眠たい政宗は、まさしく耳元に聞こえる幸村の声から逃れるように寝返りをうった。足が何かにぶつかったような気がした。
「政宗殿、そんなところで横になったら風邪を引いてしまわれると片倉殿が心配なさっておりましたぞ」
そこでようやく、政宗は事のおかしさに気が付いた。いくら幸村の声が耳に残るからといって、そんな具体的で長い台詞まで妄想するような頭は持ち合わせていない。政宗はそろりと左目を開いた。目の前には幸村の顔が広がっていた。
「おお!ようやくお目覚めになられたか!」
視界いっぱいに広がる幸村の表情が明るく優しいものにくるりと変わる。政宗はそれをぼんやり見ていた。
「風邪を引いてしまいますぞ」
ちょっと黙れ、というのも億劫だった。政宗はゆっくり状況判断をしていく。多分、何かあれだろう、使者かなんかできたんだろう。ご苦労様だ。…じゃなくて。見るからに幸村は政宗の上に上半身だけ被さるようにして顔を覗き込んでいた。
…小十郎がみたら発狂するかもしれない。
そう冷静に判断しながらも、政宗はそれをいちいちどうこうしようとは思わなかった。別に幸村は嫌いな相手ではないのだから、明らかに自身の考える自分領域に踏み込んで来られようが、全く問題はないのだ。男と女でもあるまいし。第一幸村を見て胸が高鳴ったら、それは病気だ。変なものを口にしたとしか思えない。
…というかこの時、政宗は酷く眠たかったのだ。確かに少し肌寒いが、この快適な昼寝場所から動こうとは微塵も思わなかった。なので、再びそろりと目を閉じる。
「む、政宗殿!」
幸村が肩を揺すってくる。本人は軽く揺すっているつもりなのだろうが、これがなかなか痛かった。鬱陶しい、とばかりに手を払いのけると、幸村の纏う空気がみるみるうちに沈んだ。
もう一度目を開けてみると、横になる政宗の傍らで見るからにしょぼくれていた。そんな、ちょっと払っただけではないか…と思いつつ、幸村が嫌いじゃない政宗はそのままにしておくのもなんだかな、と、幸村の頭めがけて腕を伸ばした。が、寝転がっている体勢では届くはずもなく。
「政宗殿?」
その手を幸村ががっしり掴んだ。ちょっと汗ばんでいて気持ち悪い。
「…体温たけぇのな…」
だから汗もすぐ出るのか、などという意味で呟いたのだが。幸村は急に元気を取り戻し、もぞもぞと政宗の背中側に回った。正確には、涼しい風の入ってくる外側へと回りこんだ。
それを追うようにして政宗も寝返りをうつと、正面からぎゅう、と抱きしめられた。一瞬、何が起こったか判断できなくなる。が、すぐに幸村が隣に寝転がって自分を抱いている、と認識した。
認識したはいいが、ちょっと許容範囲外だ。ていうか暑苦しい。心なしか息苦しい。自分まで汗をかきそうだ。
「なにしてんだあんた…」
それでも語気が穏やかだったのは、眠かったのと相手が幸村だったから。
「政宗殿が風邪を引きなさらないように、風避けを」
幸村はくそ真面目にそう答えた。本気で、全く他意はないらしい。そんなこと百も千も承知だが、政宗は『大丈夫かなこいつ』と思わざるを得なかった。いつか悪い奴に誑かされそうだ。勿論それは自分ではない。政宗は男も女もいけるクチだが、なんだかんだと結構普通に幸村のことが好きなのだ。先もいったが、幸村相手に胸が高鳴ったら病気だ。人生終了のお知らせすら感じる。
微妙に寝苦しくて段々頭が冴えてくる政宗とは反対に、隣の幸村はうつらうつらと夢の世界へと誘われていた。その幸せそうな顔と穏やかな寝息に、こいつは一体何考えてるんだろうなぁ、と政宗は思った。何も考えてないかもしれない。常に自然体なのはいいことだ、飾らない人間は好きである。政宗はがしがしと目の前の頭を掻き撫でながら下へ押しやり、少し自身の頭を上へと押し上げた。ようやく息苦しさから解放され、平静を取り戻した政宗はそのまま再び眠りにつく。頭の片隅でまたも、小十郎がみたら発狂するだろうな、と考えて笑いながら。
近距離相愛
原点回帰すると蒼紅がかわいくてしゃーないです。幸政が好きだけどリバでいいです。ただ致したことはないと思う。くっついたり触ったりしても違和感がなければいいです。顔が近くてもどきどきなんてしません。幸村も政宗相手だと破廉恥とか思いません。そんなんだと可愛くていい。