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自分を殺した、というほどに全てを噛み砕いたのだろうか。何時かは眠るのだ、そんなことわかっている。誰の声も、手も、なくなることが怖い。
だから間違ったとは思わないのだ。今息を切らして走るのも、まだ、まだ怖いから。否定されてしまうことよりもずっと。


「なぁ」
小さな声で、泥まみれの姿で、いつか見たことのあるその人に。
「……起きなよ」
手を伸ばして揺さぶった。当たり前のように反応のない肉体が、ただただ得体の知れないものに思えても、これはあの人だ、間違いないと呟く。
後ろに遅れて現れた気配がこちらを見ている。硝煙の臭いが酷い。そう語るように顔をしかめている。
「……」
此処は孤独だった。もう煌めく優しい光は差し込まない。閉じられた両目は既に夜を迎えてしまった。



「気は済んだか」



冷めたその言葉に、怒りがせり上がってくる。振り返って睨み付けた。
「済むはずないだろ」
「だったら、此処でずっと座っているのか?」
「違う、なんであんたはわかんないんだ」
「わからねぇよ」


思わずつかみかかって口を開く。だが、罵倒の言葉が何一つ思い付かなくて途方に暮れた。襟元を掴んだ男の表情は酷く冷めている。そう、燃え広がったらしい戦火の所為で此処は暑い。なのに体の芯は冷え切っていた、この現実によって。
「例えば、」
だが、何を現実とするだろう?この深い夜のことだろうか。それとも夕暮れに笑い合ったという優しさのことだろうか。
「…政宗が、そうなったら」
「政宗様を呼び捨てにすんじゃねぇ」
「あんたが当事者になったら」
「ねぇな」
「ないなんて言い切れないだろ」
「その時は俺も死ぬ」




人は。
簡単に口にするらしいのだ。理想や希望を、まるで手のひらに乗せることができたかのように。だけどそれの何がいけなかったのだろう。大事なものを、忘れたいと思ったことはないと。嘘だから駄目だという、その声だってきっと嘘を吐く。

どうして強くいられる?冷めた全ての五感について、貴方は何を認めたのだろうか?人の命が平等に尊いなら、何故此処に死体が積み上がる?そう叫ぶことは間違いではない?
「もう一度聞く。気は済んだか」






そう、ここは酷く寒い。




西から寒波がくる




敢えてノーコメントで。












なんやかんやを言うつもりはもうないんだ。好きにすればいいと思うよ。少なくとも俺はずっとそう思い続けてた。悲しくもないし嬉しくもない。俺は胸を張ってあんたが嫌いだと言えるわけで。あんたも俺が嫌いだと言えるわけで。
話題は殺伐としてて反吐が出るといったのは俺だっけ、あんただっけ。情け容赦ないのを非難したのは俺だっけ。じゃあ態度の悪さを指摘して皮肉ったのはあんただ。
ただの罵り合いだと知ってるのは俺だけだったりはしないだろうか。
殺し合いも、仲良しごっこもしない。旦那がいなかったら関わりないのだから、つまらない話をする暇さえ惜しい。頭は悪くないからさほど会話に苦労はしないが、腹の探り合いになるなら面倒だ。
それで正しいと俺は信じている。
信じているのが俺だけだったりはしないだろうか。


あんたが俺に笑うたんびに俺は勘違い飛行をしたがるから。頭がおかしくなるくらい耳鳴りを響かせている。間違えそうになっても帰ってこれるように。
好きにすればいいよって、嫌いなあんたに言えている間はまだきっと大丈夫。




引き返し地点




サスダテです。基本形だね、これ。












五十歩百歩、踏み出してからの差なんざ大したことはない。だが踏み出さないことと一歩踏み出すことの差は大きい。刀の重さに目眩がしても、進まなければと歩く人。己が身の重さに息をあげる人。誰か教えてくれ、俺の一と零の境目は、一体何処にあった?
光を無くしたあの時期か?闇しか映さぬ塊を潰したあの日か?そんなものよりもずっと大切で、温かい血の通った身体を貫いた瞬間か?どれも的外れな気がした。どれもまるで自分を擁護したがる言い訳に聴こえる気がした。



煙の上に躍り出る羽虫、どうか止まれ、息の根よ止まれ。



「うわぁ、なに、どうしたの何事?」
「ああ、何だアンタひとりか」
「ただの文書届けにわざわざ旦那寄越すわけないだろ、馬鹿じゃないんだから」
「つまらねぇ」
「あっそ」
「腹抱えて笑えるモン持ってこいよ。あれだ、笑いが足んねえんだよ。」

泣きながら笑うのは簡単だろう。何処から何処までが望んだモノで与えられたモノなのかがわからない。意志ってなんでしょう、意思ってなんでしょう。わからなくなりましたって言うのが俺達の常套手段でしょう。わざと、ワザと。
至極真っ当、頭は常に正常作動、正義と悪の分別もよくつきます私はいつでも正しいものの味方ですなんて奴は信用に値しない。そんな奴が人間であってたまるか。



踏み潰した庭の蟻、どうか止まれ、息の根よ止まれ。



「一寸の虫にも五分の魂…っていうだろ?」
「忍びに言われたくねぇなぁ」
「俺様はアンタの口から聞きたかったねぇ」
「一寸の虫にも…虫か…いいな、この際虫でもいいか」
「…大丈夫ですかー頭おかしくなったんですかー」
「残念だが正常な人間なんざこの世にゃいねぇさ。居たとしても、それは俺じゃない」
「今日はよく喋るねぇ」
「アンタを喋らせるために決まってんだろ」
「…何をご所望ですかぁ?」
「そうだな、アンタの身体はどうだ。馬とおんなじぐらい速く走れるんだ、さぞ軽かろうな」

俺は幸せだ、この重さは俺の価値、生きていることを許されている証、刀の重さに腕が擡げても許されて、身の重さに血を吐いても許される。素晴らしい、素晴らしいと賞賛し、笑顔で奪おうとする奴だっている。
五十歩百歩、ああ、大して変わらないのか、つまらないなぁ。俺も大したことはないか。重さ云々がどうしたって多分五分の魂はあるだろう誰でも。



じゃあ何が違うかな、わざと、ワザと。

「身体くれよ」
「アンタねぇ」
「馬の速さで走ってみてぇ」
「そんないいもんじゃありません」
「別にいい、軽そうだ」
「貰ったところでね、どうせまた要らなくなるよ。アンタの場合」




ああ、そうか。俺の所為だって言いたいのか。その通り、ご名答だ。どうせ生温い血が流れる身体だろう?刀の重さにもう慣れてしまったらしい、闇と光はどう違うのかがわからない。瞼の裏が曇った、曇った。
一と零は何処だ、引き返せないから探せない。




「大事にしなよ」




心臓の音がする。どく、どく、と鈍い音がする。手を当てられると震えるのがよくわかった。アンタの軽い身体がいい、と小さな声でもう一度主張してみるが、心臓が握り潰されたようだ、ゆっくり呼吸がしたくなった。そして、やはり大した違いはないと嘆いて笑った。




重体




遊柳のモヤモヤの矛先が真っ先に当たる2人。ごめん、これに関しては全く悪気はないんだ…
一と零の間は不思議だ、ともとおがいってた気がしますが、生まれるか生まれないかはとんでもない差だ。
…とか思ってたら何か鬱な政宗がぶつぶつ言ってるだけになった。佐助がいるってのも更に悪い。あいつらはどう考えてもお互いに悪い考えを助長させる作用しか発しない。
サスダテ好きを語りながらも、公式で大して絡まなくて正解じゃねえかなとも思ったり。だけど絡むと滅茶苦茶嬉しくなります。矛盾してるんじゃなく欲望に忠実なだけです。












幼い頃、世界の広さを知らずに手を広げて遊び回った。一日は酷く短くて、今日も果てまで行き着かないと落胆しながら共に夢を見た人へと手を振った。さよなら、また明日。

帰るところがあるという。慶次は首を傾げた。足は痛くないのかい、風来坊さん。からかい尋ねられたその声に、痛いときは痛いよと少し拗ねた。

自由の良し悪しはわからない。だけどそれは寂しいものだなぁ、どうせ人が得るものには全て限界があるのさ。生まれたときから持ってたものを捨てさってまで、広い世界を見たいとは俺は思わないよ。ああでも、色んな人がそう言って身一つ飛び出すってことは、きっとそいつは随分魅力的なものなんだろうねぇ。

それは鳥だった。羽根を持っていた。自由になるのは簡単だろうに、地をべたべた這い回る生き物である慶次より。
自由の象徴とは誰が言い出したことなのか、知る由もないが、少なくとも彼は自由ではなかった。自由でありたいとも思っていないようだった。




飽きる。この現象は不思議なものだと誰かは言う。慶次は今日も首を傾げた。世界の果てまで行き着くことはできないのでしょう、なら両手を広げてあらゆるものに指を絡めよう。飽きないように慶次は自由になったから、退屈そうに座り込むのはどうしてと口を尖らせた。






だって悲しいさ。



目が、覚めた。街道沿いの小さな宿の中で。一日中歩いた所為か、昨日は酷く疲れていて、ろくなこともせずにそのまま眠った。布団さえも敷かれていない。宿の人も困ったことだろう。食事を持ってきてくれたときに深く詫びておいた。

此処はまだ甲斐の国らしい。随分歩いたように思っていたが存外大したことなかったことに少し落胆する。世界は広い、世界どころか。
足の痛さだ。今更ながら力のこもらない、足の所為だ。何故行き着かないのに歩き回って倒れるのか。ふと先日、鳥と交わした会話を思い出す。

慶次は鳥ではない。地べたを這う生き物だ。帰るところがあるという。あたたかい光が、実物と反して西からさしているように思える。




なぁ、疲れたなぁ。仕方ないよ、だって歩いてんだもん。退屈なのに耐えられなくて。幼い頃、日が沈みかけたら家に帰らなければならないのを言い訳に、世界の果てを見なかった。小さいのはこの手でも、広いのはこの世界でも、ない。




帰ろう、そうだ帰ろう。鳥が望まない自由と同じように。生まれたときに与えられたものに退屈だなんて、そうじゃないなぁ、歩いてゆくために。慶次は知っている。あの鳥は自由だ。悲しいことは誰も知らない、幸せであるだろうことも、誰も知らない。帰るところが、あるという。

久方振りの我が家へ慶次は歩き出した。どれだけかかっても構わないと思った。あの日のような落胆も地面を擦って痛い足も、今なら受け止めて愛せるなら、この優しい不自由もあの鳥のように愛せるから。




うちへ帰ろう




きっと慶次は家に帰るほうを選ぶんだ、というのが私的な見解。前田家すきなんです












ああ、死ななかったのだな。夢のように曖昧な視界の中、真っ先にそう思った。辺りは一面、花畑。赤や桃、黄といった色で埋め尽くされた地面は、薄い青色の空に合わせて上手く配置されている。風はない。体は軽い。そうだ、視界が曖昧なのはこれが“夢”だからだ。歩いてみても地面の感覚はない。足下を擽る草花の感覚もない。
向こうには川がある。見たわけではなく、ただぼんやりそう思っただけである。大多数の人間が川の存在を語り、その向こう側の噂を伝えるが、実際に確認しにいったものはいない。今なら行けそうだが、生憎とそんな気分にはなれなかった。


その時少し体が震えた。そういえば、全ての感覚がとても曖昧なのに、此処は酷く寒いようだ。青い空に浮かんでいるあの日輪は偽物なのだろうか。






ふと、誰かの声が聞こえた気がした。ゆっくり辺りを見渡すと、川の向こう岸から誰かが手を振っている。視界がどうにも霞むので、誰かが誰かはわからない。けれども何故か、あれは兄なのではないか、などと考えた。確信がないので手は振り返さない。その時初めてまじまじと川の様子を見た。
流れは穏やかだ。それもその筈、この辺りは何処を見渡しても限りなく平野が続いており、緩急を促すものはひとつもない。水は透き通っている。底が見えるから浅い川だろう。これなら歩いて渡れてしまう。

向こう側に行きたい訳ではない。だが“夢”から覚めたいとも思わなくて立ち尽くした。


「こんなところにいたのかよ」
辺り一面に声が木霊した。それは明らかに、先程聞こえた川の向こう岸で手を振る兄のものではなく、もっと不快で、耳に突き刺さる声だった。この声の主なら知っている。
「何の用だ。貴様夢の中まで我の邪魔するのではなかろうな」
「いつ邪魔をした?アンタそこで突っ立ってるだけじゃねぇか」
「黙れ」

相変わらずこの声は煩わしい。この声を憎んでいた。彩り鮮やかであるのに静かで、穏やかな空気流れる川岸が曇って見え出す。顔をしかめた。

「消えろ」
「まだだ、まだ俺は消えねぇ」
「此処は我の夢ぞ」
「どう思うかはアンタの勝手だが、俺はアンタを此処から連れ戻すまでは消えられねえんだ」
ざわ、と風が体を撫でる感覚が走る。先までは全く存在の兆しの見えなかったものたちが次々と現れ始めた。川面が揺れる。水が跳ねた。空を真白に染めていた雲が急いで流れ始める。



「連れ戻す?我を?笑わせてくれるわ!此処では我に声を届けることしかできぬ貴様が、どうやって我を引き戻そうというのだ?生憎だが貴様のその不愉快な声ごときで心動かされるほど、我は惰弱にできておらぬわ!」



笑った。姿も見えない相手に向かって、喉が痛むほど笑った。急に戻ってきた感覚にますます機嫌を下降させていく。ついに噎せてその場で膝をついた。足を草花が掠める。

ああ、死に損なったのだ。理由はわからない。今少しのところで自分の詰めが甘かったのかもしれない。完璧だと思っていたのに、もしやあの男が、この声の主が邪魔をしたのだろうか。つくづく気に障る奴だ。そいつの方こそおとなしく自分に殺されていれば良かったものを。海賊風情になどと言わず完膚無きまでに叩きのめしてしまえばよかった。

そう思考を回転させたが、今此処で幾ら罵り悔いたとて何も変わらないことに気付いてやめる。
「よかろう、そこまで言うのならば引き戻されてやろうではないか。だが勘違いするな、今度こそ貴様の息の根を止めてやる。二度と我の邪魔などできぬようにな」
腹の底に響くほど強い恨みを込め、吐き捨てるように言った。



「ああ」
それに反して何処までも落ち着いた奴の声は、
「待ってる」
とだけ告げて消える。



再び夢の中は静かになった。もうすぐ目が覚める。霞んでいた視界が少しずつ晴れてきた。完全に晴れたとき、この無機質に美しい景色はもう網膜には映らない。
だがもうそんなことはどうでもよかった。向こう岸の兄にだけ、全て終わったら再びと、勝手に約束して夢から覚めた。




それでも確かに交わしたもの




はじめはもっと長くなる予定だったんですけど、行き詰まったんで短くしました。元親の声のあと急に息づくのが何か一番楽しかった。瀬戸内はややこいので雰囲気だね、雰囲気。