人間の頭は、眠りに落ちるか落ちないかと微睡んでいるその間が一番冴えているのだとかなんとか。冴えているというのはあくまでも発想的な何かであって決して仕事が捗るだの戦で突然動きにキレが出るだのそういうことではない。だろうと思う。

何故曖昧なのかって、視界が滲んで聴覚も鈍ってしまい、思考ができないから。だと思う。今多分、激しく眠いのだろうな。忍が眠くなってるというのは異常事態、なのだがここの所寝るどころか足を休めることすらなく。そう考えると全然不思議じゃないという言い訳を激しくしたい。まだ明るいぞ猿飛佐助、幾ら疲れてるからって、幾ら旦那の稽古を見てるだけなのが退屈だからって寝落ちはないだろう寝落ちは!そう思って必死に起きようとしている姿は、端から見るとさぞ滑稽なのだろうなと理解はしているが、どうも体の生理現象には逆らえないよう。幸い、この場には幸村以外は誰もいない。またその幸村も、前述したように先刻から稽古を行っているため、佐助の姿は見えていないだろう。瞼が半分降りてきて何とも不細工な様になっている顔を自分で見れたなら、羞恥で目が覚めるかも知れないのに。

今のこの状態、佐助の頭は冴えているのだろうか。眠気を覚ましたいと何時になく必死になっている佐助には全くわからないことであった。


「おお!佐助、見ろ!」
突然幸村が大きな声を上げた為、佐助の目が大きく開いた。眠気が覚めたというより衝撃に反射で目が開いたという感じであろうか。
「鷹だぞ、狩りの帰りであろうか!」
「…そんな声張り上げて報告することでもないでしょうよ」
鷹、鷹か。羽根を大きく広げて文字通り、風を切るように飛んでいくあれか。佐助は結構、鷹が好きだ。孤高の狩人なんて格好良いではないか。ヤバいな、これは相当眠いらしい。

幸村は感嘆の声を小さくあげながら、鷹が飛び去るのをじっと見ていた。眠たい頭を引き摺る佐助には気付かない。高いところを悠々と泳ぐ、鷹の独り舞台は静かだった。衝撃で開いた目が再び閉じかける。



空と地面の境界線を最後に映す。地面側に居た幸村に安堵して、空側に居た鷹が見えなくなってまた安堵した。見えない境目から刃物が入れられて、佐助は、下を、下を選ばなくてはと考える。


「佐助?」
眠りに落ちた頭の片隅に冴えた発想。




鷹の爪




何が書きたかったか忘れました。鷹かっこいいなあ。












恋に囚われるまでは、花を摘んだこともなかったのではなかろうか、などと錯覚を起こした。そんなことはない。美しき主が、生まれの日であるから、と各方面より頂いたという多くの花。それを生けてくれませんかと渡され、戸惑うような真似はしなかった。華やかに、しかし控えめに居場所を得た花々に既視感を覚える。

役に立つことは美徳だ。それは生まれの性か何かの所為だけではない想いであり、一度も疑ったことはない。なのに何故人は花に惹かれるのであろうか。本当は、役に立つ立たないで生きていたくないのではなかろうか。そうではない所で求められることで、自身の価値とやらを自身で認めることができるからではなかろうか。くだらなかった。無性に花を握り潰したくなった。しなかったのは、その権利を自分が持っていないことに気付いたからだ。

愛でたことがないわけではない。花は好きだった。ただ無邪気に美しいことを愛していた。それだけで充分であった筈の心に鋭く棘を刺すようになったのは何時からなのか。この美しい花々は、それに相応しく美しい主がこの世に生まれ出でた尊き日を彩るために添えられた。そう頭の中で処理するだけで、張り詰めていた何かがすっ、と緩む気がするのだ。


ただそこに存在するだけで価値のあるものなど、あってはならない。


うつくしくいけてくださいましたね、と主が微笑む。恋のために、沢山のことを忘れた。誰かは愚かと笑うだろう。ただ自分は根本の部分は何も変わってなどいない。何も捨てていない、得たものの大きさばかり知っている。
有り難き幸せ、と下げた頭に嫉妬がぶら下がっていないか、杞憂も胸に飛来して、純粋な心を何処に転がしてきたのかということばかりが耳を突く。美しいものの下には醜い何かが蠢くのを、見ないふりして綺麗なふり。花への優越感は美徳を達していることへの安心。劣等感は、既に低い所から始まった不安。


無邪気に戻りたいだろうか、それともこの恋に溺れていたいだろうか。噛んだ唇は血すら滲まないことに失望した。




嫉妬を散らす




恋って盲目で怖いという話でした。上杉も好きです。恋が叶っても叶わなくてもかすがちゃんは苦しいのだろうなという、その感じが。












最後は全部、自分を愛すこと。
月並みな結論を出しながら、何故それだけのことが難しい。何処かで立派だったと叫んでも、それを押し潰して駄目に駄目にと意識するのはどうしてか。生きていける場所なんて探せば幾らでもある。無理矢理ねじ曲げた自分がそんなに嫌いかと。
半分理解できて半分理解できない。それが佐助の答えだった。きっと一歩、かなり大きな一歩、を踏み出すことさえ出来れば自分は死ぬし、また生きるだろう。これは昔から変わらず佐助の信条だ。必要が出るまでは自分。佐助はまだ何もかもは捨てない、もう一歩で引き返せるところに立つ。引き返せるから軽く見えるのかも知れないが、だから何だろう、何だと言えるのだろう。他人から蔑まれて軽くなるような忠心を持った覚えはない。道具にでもできるようなことの為に生きていたいわけじゃない。



可哀想だと哀れまれた。両耳で、高さの違う声が歌のように重なり聴こえる。聞こえない振りをするような真似はやめた。佐助は立つ。遠い境界線を跨ぐ。



「何考えてるかは知らないけどさ。

俺は、アンタ達に哀れまれるような生き方はしてない」



公の場、存在を知られることは愚かながら、わざと全てに気付かれるように音を立てて言い放った。
それがはったりでもいい。その時しっかり声を挙げられた中途半端な存在は、今誰よりも堅い言葉と感情で立ち上がるのだから。凍り付いた空間で、突き刺さる視線に胸を張る。耳を、目を、疑い始めたものたちのざわめきに、ざまぁみろと口の中だけで呟く。示し合わせた波のように揺らぐ景色。


その向こう側で、あの人が笑っていてくれたらいい。




大見栄きれ!




何か前向きな佐助でした。












道端に転がった人の体。自分達が量産しているもの。見慣れた筈と思っても、此処と生産地の温度は、光は、全くと言っていいほどに違う所為で。

弔ってあげようか。口を手で抑えた幸村の隣で慶次がそう囁いた。無言で首を縦に振るのを確認して、地面を掘り下げ土を被せる。
姿が完全に見えなくなったところで、慶次が少し大きめの石を取ってきた。そこに軽く傷をつけて何かを彫り上げる。そのうち、それを幸村の眼前に差し出した。幸村はそれを怪訝そうに見た。
「あんたも何か彫りなよ」
「…何を、で御座るか」
「さぁ」
慶次の気のない返事に、幸村は益々眉間に皺を寄せた。そもそもこの男と共に使いに行く、というだけで幸村の機嫌はあまり良くなく、信玄の命でなければ全力で拒否していたかもしれない。

幸村は慶次がよくわからなかった。いや、ただ“よくわからない”だけなら良いのだが、如何せん慶次はその、幸村の言う“慶次のよくわからない部分”を説明できなかった。佐助に聞いたこともあったが、面倒だと判断されたか、あの忍びはあっさりと受け流して答えなかった。

「ならば、貴殿は何と」
「念仏?」
慶次は笑った。幸村は少し眉間の皺を解いて、差し出されていた石を取ろうとする。が、直前で引っ込めた。
「彫らぬ。あまり得意ではないのだ」
土を被せた地面の前で、手だけ合わせる。続いて慶次がその上に石を置いた。せめて、看取れなかった最期が穏やかだったことを祈る。



再び二人は歩き出す。幸村は、後にしてきたあの墓石には何も彫られていないのだろうなと思った。斜め後ろで鼻歌を歌う彼にそんなことはできないだろう、ただ横線だけが入っているのだと何故かわかっていて、その狡さを忌んでいた。




無言の送別




この2人は妙に楽しい。慶次の狡さはサーティンのヴァニラに通じるものがある。だけどその強さも。信号機は三人揃って好きですが、2人ずつもいいよね。2人ずつなら全然空気変わっちゃう。互いが互いの何かを補ってる感じ。











強い衝撃から立ち直るまで三秒、思ったよりもかなり早かった。出来る限り急いで体勢を戻して辺りを見渡す。背の高い木々が並ぶ森の中だった。鳥の声だけが微かに聞こえる。特に異常がないことを悟り、頭上を見上げた。
「随分高い所から落ちたもんだな」
少し離れた場所から声がかかった。確かに、とその声に返事をする。
「…生きているのが不思議だ」
「ああ」
「政宗殿、怪我は御座らんか」
口にしながら、自身の身体も念入りに確認した。衝撃がまだ全身に響いていたが、目立った外傷は見られない。足下に視線を落として、自身が落ちたのは落ち葉の折り重なる場所であったことを知り、納得する。運が良かった、受け身も上手く取れなかったあの時、まともに地面と衝突していれば、五体満足ではいられなかっただろう。
「あー」
「どうされた?」
「sorry、折った」
一瞬何を言ったのかわからなくて、は、と頓狂な声を発した。彼は自分に背面を向けてその場に座り込んでいる為、どのような状況にあるのかが把握できない。足の感覚を確かめる意味も込めて、彼に近付いていく。
「だから折ったって」
「何を」
「足」
その時、全運動が停止したかのような静寂が自分の中に訪れたことがわかった。そんな、小枝を折った、みたいな感覚で足を折ったと言われても。大事ではないか。
「ま、ま…まままままことで御座るかっ!?」
「何で今jokeを言わなきゃなんねーんだ」
「み、見せてくだされ!」
「動かすと痛ぇから遠慮する」
「遠慮などという問題ではない!見せろ!」
「Ahー、つまり強制ってことだな?」
渋々足を差し出しながら、まるで小十郎だな、と呟いて彼は苦笑いをした。患部の応急処置を施しながら、その軽さを不快に思う。眉間に皺を寄せて彼を睨んだ。
「この足では帰還しようにも叶わないではありませんか」
「崖から落ちたことはわかってんだ。待ってりゃ探しに来るだろ」
それはそうだ、彼は一国の主であるから。それにあの“右目”殿なら何が何でも探し出すだろう。妥協しかけて我に返る。いやそもそも一国の主がこんな所で自分と一緒に崖から落ちているということが問題なのだ。
「…今、某に背を向けておられたな」
迷いに迷ってそう切り出した。そういえばそうだな、とやはり彼は軽い。
「政宗殿は、奥州を背負ってなさるのだろう」
言葉が上手く見つからず、結局それだけしか伝えなかったが、充分か、とも思った。彼は座り込んだまま高い木々を見上げ、返事を考える素振りをする。わざとらしさがよく見えてしまう、何故だか酷くばつが悪く感じた。

「まぁ、だからって今別に気が緩んでるって訳でもねぇよ。そう簡単に奥州筆頭なんて止められねぇしな」


しまった、と真っ先に後悔した。二重、いや三重もの意味を含めたであろう言葉。半分も理解したかしていないか、しかし頭を下げて謝った。相手に、自身の頭部を差し出すように謝った。彼は困ったように再び苦笑いをして、折れた足を眺めて誤魔化そうとする。その傍らで自分は、あの忍びが少しでも早く自分たちを見つけてくれることを祈りながら、少し手間取ってくれることを祈っていた。後悔の波に押し寄せられながら、ほんの少し自惚れても良いだろうかと、期待をしている。そんな馬鹿なことがあるか侮蔑してくれ、然れども、単純明快な頭を誰も非難はしてくれなかった。




高き場所




サスダテは成立が奇跡なのに、蒼紅は成立がナチュラルだよね。最近受け攻めが大層どうでもいいんですが、幸村が政宗政宗言ってるのが可愛いなぁと思います。政宗が幸村を大事にしてるのがいいなぁと思います。