(一日目)



















多分わかってくれてると思うし聞こうとも思ってただろうけど、ほら俺この間三日間、休みもらってただろ?そうそうあの日からなんだ。
仕事に身が全然入ってないってのは周りから見て一目瞭然だったらしくて。だからお願いします、三日でいいから休みくれませんかと頭を下げると、容易に与えられちゃいまして。心配までしてもらって、俺は本当に幸せ者です。だからその三日、俺はその好意とか厚意だとかに精一杯甘えることに決めたわけなのです。



普段はさ、あんまり自分からあれこれしないっていうか、性分に合わないよなぁ積極的なの…なーんて思っていたわけなんですけど。だからあの時の俺の行動力は半端なかった。自分でもびっくりしたんだ。その後のことも考えると、もしかしたらこれが本当の俺…大袈裟かな…だったのかもしれない。

指、はじめはちょっと震えたけど、休みを取る数日前に一番近くの警察署に電話しました。自分は誰か、どこの会社に勤めてるとか、洗いざらい明らかにしてね。何してんのォ!?っていやいや別に変なことじゃあない。勿論、あの事件についてではあるんですが。
俺は、電話越しの警察さんにいいました。

「先日、○○駅の事故でお亡くなりになった方の親族さんにご連絡お願いできますか」

関係者か、とか、まあ当然ですよね聞かれるのは。赤の他人です。そう正直にこれもいいました。電話越しの警察さんは不思議そうに、だけどちょっと面白そうに、ならばどうして、と尋ね返してきました。
俺はわからないように静かに、大きく息を吸ったよ。別に緊張してたとか、そんなことは驚くほどなかったんだけどね。引かれる覚悟でいったんだ。
「その事故の現場にいて、その瞬間を見ました。お願いします、ご親族さんと少しでもお話がしたいんです」



















そりゃあもう、受話器を置いたあとの脱力感はヤバかったのなんの!言っちゃったよ言っちゃったよ、って言い終わってからチキンハートが喚いてた。だけど不思議とやっぱり冷静でさ。思わず自分の顔を触ってみたりしてみて。大丈夫、ちゃんと俺だなんて笑ってたよ。別に何にも警察さんに後ろめたいことなんてないんだけどさ、この感覚は逆に開き直ってるみたいで好かなかった。

そんな俺のことはさておき、電話とってくれた警察さんはとっても親切で、ちゃんと連絡を取ってくださいまして。もうそれだけで俺的には床に頭打ち付けて土下座でお礼を言いたいところだったんだけど、お話したいんです、っていうその何とも不気味な頼み事もしっかり伝えてくださって。
返事は、「こちらも是非、お会いしたいです」とのことでした。それを親切な警察さんから聞いたときに、もう退けないなって思った。初めに決めたときからする気はひとつもなかったけど、改めてね。俺はその“顔合わせ”の日を、休みの最初の日に設定したというわけです。
















さてその休みの一日目。夏真っ只中で日差しぎらぎら、女の子みたいに日焼け止めとか塗りたくって、受け取った住所と地図を握り締めて家を出ました。
俺の家から最寄りのあの駅にいたってことは近いのかな、と思ってた通りに結構近かった。でもどっちかというと、違う方の、しかもあの駅よりもずっと大きくて電車も頻繁に来る駅に近くて。ほんのりミステリーだと軽く考えてた。なんであの綺麗な人はあの駅に居たのかな。
この辺り?っていうところまできて、道が複雑化してちょっと迷った。でも色んな人に道聞きまくって何とかたどり着きました。

目の前には和風の門前。石垣が並べられて高い塀になってて、松とかが内側に生い茂ってるらしく…どこのお屋敷…と思う前に、掲げられてる看板でここが料亭だと理解しました。そう、料亭。日本料亭だよ。庭の広そうなアレだよ。
その門前に人が立って、俺を待っていてくださってました。俺は左胸の、いわゆる心臓が存在してる場所を握るようにして、こんにちは、ってにこやかに言いました。振り向いたその人の顔には見覚えがあったよ。あの日、あの場所で、あの綺麗な人を抱いて静かに泣いていた人だった。強面は変わらず探るような目で俺を見て、低く不機嫌そうな、でもどこか悲しそうな声で言いました。
「お前が、連絡をしてきた奴か」
そこにはしっかり頷いて、その人を真正面から捉えてたんだ。偽る気は、最初に警察さんに電話をしたときからなかったわけですし、びくびくする必要なんてないって思い切ってたのもあるし。
「…入れ」
低く不機嫌そうな声のまま、だけど素晴らしい所作で門を開けて丁寧に案内してくれました。
門の中に入るとすぐに忙しく歩き回る人たちが目に入ってきて、俺にとっては非日常的な三日間がとうとう幕を開けた感じでした。







強面のその人が案内してくれたのは、客間みたいな、和室の上品な部屋でした。綺麗な日本庭園が縁側を通して見える凄くいい部屋で、こんな待遇受けるのはじめてだなぁとか考えていました。
お茶とか出されちゃって、どうもって一言いいはしたけど口はつけなかった。失礼かな、て一瞬思ったけど、腰落ち着けてじっくり話す気なんてさらさらなかったから、もうそのスタイルを貫くことに決めた。
相手もそれをわかってくれたみたいで、特にそのことについて何か言うことはなかったよ。
「俺は、片倉小十郎、という」
俺の目の前に座ったその強面の人はやっぱり低い声でそう言いました。
「俺は猿飛佐助と言います。お忙しそうなところ、どうもすみません」
こういう社交辞令みたいな謝罪って、どこから言葉出してるんだろうとたまに思ったりする。どうでもよかったね、ごめん。
「構わねぇ。・・・・政宗様の、最期を見たんだろう」
これにも、俺はしっかりと頷きました。様、なんてつけられてあの綺麗な人は随分と偉い人だったみたいだね。
「最期っていっても、ほんとに線路の上に落ちてそこに電車が来る瞬間を見ただけです。赤の他人ですし、ほらえっと・・・まさむねっていうんですね、名前」
そうそうそこから本当に俺は何も知らないわけでして。なら何で来たんだって言われちゃったら困るんだけど。
納得してもらえるような理由が見つからないから許してください。
「そうだ、伊達政宗・・・それがあの方の名だ」
だて、まさむね。漢字でかいて伊達政宗。これはまた立派なお名前です。一瞬しか見えなかったけど、確かにそんな感じの名前が大変しっくり来る人でした。
「その政宗さんはー・・・」
「その前に、お前はどうして俺に会って話したいと思った。それが聞きたい」
遮られるように(いや実際遮られたんだけど)ぴしゃりといわれてしまってちょっとびっくりした。
さっきも言ったけど、何で来たのってそれを言われちゃかなり困る。
だけど何となく、聞かれたときの答えは用意してた。失敗したときにあの手この手を考えておくのと同じ。
向こうの人は不思議に思うはず。だけど俺に会ってくれるといった。それに俺もしっかり答えなきゃなんないって、わかってたからね。


「はじめて、目の前で人が死ぬのを見ました。頭の中でそのことがぐるぐると回るんです。ただ純粋に、知りたいと思いました。俺が、例え偶然でも何でも、目の当たりにしたその人のことを」






















片倉さんはしばらく黙ってたけど、納得してくれたみたいで口を開いて昔話をしてくれました。
「俺は、この料亭を代々営んでいる伊達家に仕えている片倉の家の者だ」
「伊達家って・・・じゃあ政宗さんはその伊達家のご子息ってこと?」
ご子息ってわざわざいったのは、政宗さんはこの片倉さんより、もっといったら俺よりも若いだろうなってわかっていたからです。
「そうだ。だが、政宗様は俺が拾った」
「・・・・へ??」
拾った、って一言が凄く耳に残るよね。俺は素っ頓狂な声をあげて目をぱちぱちってさせてたんだ。
「駅のコインロッカー」
「はい?」
「あの中に、赤ん坊が入っていた。偶然俺が泣き声を聞きつけて見つけて連れ帰って、伊達家の養子として育てた。それが政宗様だ」
俺はいつも通勤でお世話になってる駅にあるコインロッカーを思い出した。確か大きさはいろいろあって、大きさで使用料金が200円近く違うんだよね。
あの中に赤ん坊が入ってたって、想像すると背筋が震えた。狭くて光も入らない。入ってるほうは勿論、見つけたほうもきっと震え上がっていたんだろうなと思った。
「伊達の現当主の輝宗様には子供がいらっしゃらなくてな。俺が赤ん坊を連れて帰ったとき、名実保護者になってくださったんだ。俺はまだ20にもなっていなかったし、親はもう餓鬼の頃に亡くしていたからな。そして政宗という名前をお付けになられた。まぁ世話はほとんど俺と姉がやっていたがな」
政宗さんはとても賢かったそうです。同時に落ち着きのない子で悪戯好きだったとか。意地っ張りで天邪鬼な面もあったのでなかなか自分の失敗を素直に改めようとはしなかったそうですが、こっそり改善をしようと努力するような、可愛らしい子だったのだそうです。
その言葉の端々から、片倉さんが政宗さんのことを大事にしていたんだなということが感じられました。口調はまぁ俺相手なのでぶっきらぼうであるんですけど。
俺も両親とか、他にも面倒を沢山見てもらった人たちへの感謝や親愛の気持ちは今も忘れたことがないから、きっと同じようなもんなんだと思う。


「・・・・・伊達家の、跡取りになるだろうと皆で言っていた」
でも、重々しい口調で片倉さんはひとつ、言葉を呟くようにいいました。
その皆の賛辞に、政宗さんは笑顔で当たり前だと語っていたと片倉さんは続けました。
言外に、何故、と込められている気がしてた。俺にはここの事情はよくわからないし、政宗さんの人となりも全然知らないんだけど、自殺なんかするような人じゃなかったのは明らかだそうで。
でも目の前で電車に飛ばされる瞬間を見てた俺には、あれが他殺だったとはどうも思えないわけでして。
ミステリーだ。その通りだね。きっと今でも片倉さんたちはそう思って苦しんでいるだろうね。でも俺には正直どうでもよかった。片倉さんたちには悪いとは思うんだけど。
「お前、丁度よかった」
ふらふらそんなこと考えてたら突然片倉さんの声色が優しげなものにかわって、失礼なほどびっくりして背筋がぴんと伸びた。
「明日、明後日と知り合いが全員ここに集まる。お前も参加しねぇか」
「いや、知り合いって・・・俺そんな知り合いでもなんでもないですし」
「いいんだ。・・・・最後の知り合いとしてもいい、参列してくれ」
一方的な知り合いだなあって思った。片倉さんは、俺が最期を知ってるってだけで俺を特別という目を通してみたいんだろうなってのはすぐにわかったけど、向こうは多分、てか絶対に俺のこと知りません。
なのに“知り合い”ってなんじゃそりゃ、だったんだけど、どうせ明後日まで休みとってるし、OKしました。
もう半分なるようになれ!状態ではあったけど、きっと無意義ではないって思ってたんです。














まだ日も高かったから、ちょっとだけ片倉さんに料亭を案内してもらいました。
接待役の人たちはみーんな着物が制服らしくって、薄い紫とか青とかの落ち着いた色合いの着物を着て、忙しく働いていました。
政宗さんがいなくなった、からかな。ちょっと料亭内は重い空気が漂ってた。でもそこはプロ、そんな様子はお客さんにひとつも見せることはなく。
店の奥、いわゆる家の部分に案内されると、バタバタと走る音が聞こえてきて、廊下の角から男の人が勢いよく飛び出してきまして。
「小十郎!!準備しといたぜ!」
・・・って元気よく片倉さんに言ってにかりと笑いました。茶混じりの髪を、綺麗にうなじが見えるくらいばっさり切ってあって、前髪もオンザ眉毛ってやつないかにも元気そうな人でした。
「そうか、御苦労だったな」
誰だろー・・・って呆けてる俺のほうを向いて、片倉さんは茶髪さんを指さしました。
「これは伊達成実といってな。輝宗様の弟殿の息子だ。政宗様の従兄弟にあたる」
「よろしく!えーっと・・・」
「猿飛佐助です」
「残り二日、お前の接待役をする。よろしく頼む」
「へっ!?」
もう俺ここに来てから何回驚いてんだろうな。まてまてまて!!と頭を急いで回転させました。何々なんだって??ってそりゃそうなるよね。
だって明日明後日、俺がここの集まりに参加しますって言っただけで二日間泊まることが決定になってたんだから。
今日は準備をするために帰って、また明日荷物と来てくれ、寝間着はこっちの浴衣があるから大丈夫、だのなんだの、もうどうにでもなれ!!だった。
でも俺はやっぱりどっか落ち着いてた。本当に、くどいけど今までフツーーーーーーーーの生活を送ってきたから、ちょっと事件とか変わったこととかあるともっとうろたえるかな、とか思ってたんだけどね。そんなことなかった。
むしろ俺は迎え撃つ準備をしてたみたいに用意周到で、家に帰ったあと黙ったままバッグに荷物を詰めてた。
俺はなんか、どっちかというと楽しかったらしいんだ。
おかしいよねぇ。これから参加するのは多分、いわゆる“お別れ会”ってやつなんじゃないかなってわかってたんだけど、きっと傍観者の立場だったからなんだろうな。
ベッドに倒れこんで、慣れた天井を眺めながら瞼閉じたら、政宗さんの死に顔が浮かんできた。
もう結構な時間経ってたのにまだ鮮明に思い出せました。劣化も美化も大してされずに、ただありのまま、写真でも撮ったみたいにね。おかしいよなぁ。




ん?疲れたって?じゃあちょっと休憩しようか。
丁度、お話も一区切りついたわけだし。