あれはオペレーション・メテオで地球に下りていた、あの頃のことだったとカトルは記憶している。デュオと二人で行動を共にしていた時期があった。トロワのように、何も言わずとも通じ合えるような呼吸はなかったが、代わりにデュオはあれこれとよく喋った。自分の感情や思いを内側にとどめたままにはしない人だったから、彼とコミュニケーションを取るのはとても気が楽だったし、活路の見出せないあのくらい状況の中でも、ふと冗談で笑いあえるような空気を作ることもできた。カトルはデュオのそんなところを少なからず尊敬していた。





OZの追撃から逃れるため、デュオを連れて知り合いの豪商の邸宅へと赴いたとき、彼はその建物のあまりの大きさに目を丸くさせた。お前すげえのと知り合いなんだなぁ、あ、そりゃそうかだってウィナー家のお坊ちゃまなんだもんな。少し間違えれば嫌味にもとれる発言だったが、そこはデュオの為せる技だった。あっけらかんとして口調は強張っていたカトルの顔に笑顔を灯らせた。

家主にあいさつを済ませて、その日はふたりともすぐに休んだのだが、朝になって彼の部屋へ赴くと、彼は寝台の上ではなく小さな机の隣に据えられたソファーの上で丸くなっていた。

「なんか、布団が柔らかすぎて寝付きにくくてさぁ」
眠気覚ましの紅茶を啜りながら、困ったようにデュオは頭を掻いた。
「かたい方がいいってことですか?」
「いや、そーいうわけじゃないけど」

でもここはまだ俺たちにとっては戦場だろ?



よく喋る口が敢えて言外に隠した言葉を、カトルは直感で理解した。そして同時に、多大な親近感と仲間意識を強くさせる。デュオは間違いなく、ガンダムのパイロットだった。










それからもデュオは寝台を使わず、ソファーで眠り続けた。夜の冷え込みによる体調不良に心配はあったが、カトルも特にそれを咎めず、時折毛布も被らずに寝ているのを見たらかけてやる程度であった。

デュオは比較的早起きだった。カトルが準備を済ませて部屋を出る頃にはすっかり身支度を整えていたため、彼が眠っているところに出くわしたのはそれが二回目だった。恐らく昨日の移動が相当堪えていたのだろう。カトルの体力を考えて、少し過剰に気遣ってくれていたのはカトルも知っていた。大丈夫だとは何度も言ったのだが、今はぶっ倒れるわけにはいかないだろと、硝煙のにおいが蔓延するなか二人身を潜めた。ふたりの去った地にはふたりを逃がしてくれた同志が居た。自分達と同じように、並んで戦うことはできなくても味方であると、そう言ってくれた人々が居た。
「どうせぶっ倒れるんなら、お返しとか仕返しとかしてからにしようぜ」

カトルが眠っている間、デュオはずっと起きてくれていた。ちょっとやそっと寝ないで動くくらいは普通だから気にするなとは言っていたが、疲れていないわけがないだろう。だから久しぶりに彼が熟睡しているところを見て、カトルは少なからず安心した。しかもソファーではなくて、今度はちゃんとベッドの上だ。といってもきちんと布団の中に潜って枕に頭を預けているというわけではない。まさにそのままそこに倒れ込んだといった体だ。



しばらくして目を覚ましたデュオに食事を持ってきてやった。寝台から身を起こし、体を伸ばしたデュオの、肩に長い髪がふわりと引っかかる。カトルは少し首を傾げた。
「デュオ、三つ編みがほどけてるみたいだよ」
「へ?あれ、ほんとだ」
指差して教えてやると、肩にひっかかったそれを一房指先で摘みあげて、げっ、と大袈裟に顔をしかめてみせた。
「あちゃー、これはやり直さねーとだめだな」
背中側に腕を持っていく。ひっつかまえた長い三つ編みの先からなんのためらいもなく束ねていた髪ゴムを引き抜いた。ばさりと解けたそれらの髪は想像していたよりも直毛で、長い時間そのままだったであろう三つ編みの形にも馴染まず、そのまま寝台で胡坐をかいているデュオの太腿に乗っかった。

「凄く長いんですね」
「ん?ああ、まぁ切ってないしなぁ」
「邪魔にはならないんですか?」
「ならないようにまとめてるんだろ?」
「それはそうですが」

少し触ってもいいですかと尋ねてみると、おうどうぞと軽く許可も下りたので、垂れている髪を下から手のひらで丁寧に持ち上げてみる。それは思ったよりは重くなかったが、それでもカトルほどの短さを考えれば格段に重量があるだろう。
「切った方がはやくありませんか?」
尤もな疑問だった。
「重い方がいいんだよ」
「どうして?」
「おいおい勘違いすんなよカトル。俺はヒイロじゃないんだぜ」
「それは、…当たり前じゃないですか」
「俺はあいつと違って、こんな殺伐とした現状でも人生楽しんでるんだっての」

カトルは少し首を傾げた。言われたことはとてもデュオらしい内容で、その発言自体に違和感は何もないように思われた。けれどもそれは、どこか本音ではない部分で発せられたもののようにカトルには感ぜられたのである。

「これさぁ」
「はい」
「遠目から見たら目立つだろ」
「ええ、とても」

たいへんな長さであるのに実に器用に手際よく、再び元の形を作っていく指を見ながら、カトルはもう一度ふしぎそうに首を傾げた。デュオが屈託なく笑う。

「ま、追いかけられたとき真っ先に目ぇつけられんのは俺だろうから」

そこではじめてカトルは表情をゆがめて、そんな、と大きな声を挙げかけた。綺麗にできあがった三つ編みがデュオの背中で跳ねる。デュオは笑顔のままカトルの頭に手をのせ軽く叩きながら、だから言ったろと呟いた。

「重い方がいいんだって」













別にデュオは死にたがりを率先して演じているわけではないことを、このそれなりの期間にカトルは悟っていた。彼ははじめに自己紹介したときの通り、逃げも隠れもするが嘘は言わないデュオ・マックスウェルだった。















重さ、についてカトルは考える。宇宙で行くためのシャトルを確保しそれをデュオと五飛に託すため、彼は命を捨てる覚悟で集中砲火の中へサンドロックと共に身を投げた。全ての武装を失くしたサンドロックと共に果てようと、意を決して自爆装置に手をかけたとき、以前同じように自爆を試みたヒイロ・ユイを思った。任務を忠実に遂行した完璧な兵士。あのとき感じた胸の痛みをカトルは一生忘れない、だからこそ今ここで己は果てようとしているのだ。



生き残ってほしいと願った。生きていてほしいと願った。



サンドロックにコックピットから降ろされ、その後ろ姿を見送り最後に残ったシャトルに乗り込んだそのとき、カトルはデュオの言葉を思い出した。

(どうせぶっ倒れるんなら、お返しとか仕返しとかしてからにしようぜ)

ああ、はやくにカトルの覚悟を察して発射させた五飛とは対照的に、デュオは最後までカトルの方をしきりに振り返っていた。そうだ、それこそがデュオ・マックスウェルという人間の姿だった。とても器用で、とても素直だから、なにひとつ捨て置いていけないやさしい人間。

(僕も、)
打ち上げの作業が全て完了したところで、カトルはその場に膝をつく。意識が遠のくのを冷静に感じていた。
(僕も、やさしいひとになりたいよ)


































長く漂った宇宙空間のなかで、カトルはずっと夢を見ていた。そこにはトロワが居た。ヒイロと一緒だった。トロワはあのときの爆風で、常人ならば死んでいてもおかしくない重傷を負ったヒイロを気遣いながら、ヒイロが殺してしまった平和主義者たちの遺族への贖罪の旅に付き合っていた。トロワ、ヒイロ、君たちが無事で本当にうれしかったよと、夢のなかでカトルは呟きながら、何かに縋るようにトロワの方へと手を伸ばした。
(トロワ、トロワ、僕はやさしい人間になりたいんだ)
その声に気付いたように振り返ったトロワは、あのぴくりとも変わることのない表情のまま、かつてカトルがデュオに向かってしていたように少し首を傾けてみせた。
「カトルは、今でも十分やさしいだろう」
そう告げるトロワの声が、とてもやさしかった。そうかな、そうだと嬉しいな。すこし微笑んで、伸ばした腕を引っ込めて瞼を擦った。夢はそこで途切れてしまった。




































思えば、デュオは地球で共に行動しようと互いに了承しあってから、ずっとカトルと一緒に居てくれていた。カトルがひとりで情報収集に向かって帰ってくると、話し相手がいなくて退屈だったとまるでちいさな子供のように駄々を捏ねてみせた。出会う先々の人々と、老若男女お構いなしに交流をはかり、どこへ行っても人気者だった。それをただの事象としてしかとらえていなかった己を今は恥じるばかりだ。



炎上する施設、炎の海に取り残した機体。肩に担いだヒイロの体は、脱力しきっていてとても支えにくかった。それでもぜったい、ぜったいに落とすものかと何度も抱え直しながら、彼は地球に向かうシャトルを動かした。



トロワ、カトルの所為で宇宙のどこかに消えてしまった大切な仲間。ヒイロを抱えながら、カトルは彼のことを思い出す。何度謝っても謝りきれないことをした、けれどもトロワは爆発の瞬間までカトルに語りかけ続けてくれた。宇宙に帰ってきて、ひとりぼっちになってしまった自分に。


さびしい、という感情を、きっと表面でしか自分は知らなかったのだ。ひとりであるということの恐怖を、そしてそれがどんな闇よりも深いということを。脳裏には、何をするにもためらいのなかった五飛の姿も過った。打ち上げの時に駆けつけてきてくれた五飛は、自分達がひとりではないことを教えてくれた。ひとりで戦いながら、彼はいつも自分の正義を背負っていたとカトルははじめて思い知った。





シャトルの発射準備を終えて、カトルはようやく船内にヒイロを降ろした。無重力空間のなかで、重さについてカトルはもう一度考える。それはひとつ、デュオの長い髪だった。邪魔になっても重く感じても、デュオが切り離せなかったデュオの一部だ。



「ねえヒイロ、僕はやさしいひとになりたかったんだ」

未だ目を開けないヒイロに話しかけながら、カトルはかつて彼が死んだと思ったときに感じたあの胸の痛みを思い出しながら、心臓の上をなぞった。
「大丈夫、きっと届けるよ」

君の胸の奥にいるそのひとの下まで。それまで何があってもひとりにはしない、ひとりにはならない、地球に下りて重力に体を引かれても、必ず背負いきってみせるからと、カトルは強くてやさしい宇宙の心に誓った。








無重力の足跡


捨てられないやさしさを見つけた人にだけ、生きていく世界は与えられる。


GWのテーマはいろいろ考えさせられて好きです。だからこそこうしてGWを好きでいられるし、文章かきたいと思えるんだなぁと改めておもいました。

2013 08 04